大阪府 1903 より
牢屋敷は、今の南区松屋町と瓦屋町(一名高原町)との二箇所にあり、 罪の軽き者、及ぴ罪人の病者は、瓦屋町に入れ、其の他は、悉、松屋町に 入れ、刑場に引出ださるゝもの多く、此の処よりしたりき。 牢舎は、一間百畳敷の板張にして、牢頭一人あり、之れを名主と称し、罪 人中の顔利より撰任せられて、牢中一切のことを支配す。 又、隠居、若隠居、ハカセ抔と称する役目あり。此のハカセは、飲食分配 の任務を帯び、牢中にて最勢力ありき。 入牢者の初めて来たるや、牢口に控へたる罪人、即、口詰と称するもの、 まづ声を掛け、「新カマリガアリマス」(カマリは、捕、即、ツカマルに して、捕縛せられしを云ふ)と、大声にて叫び、更に新罪人に向かひて、 汝は何の罪を犯しゝか、又土産は何程を持参せしか、と問ひ、土産金の多 募に仍り、其の取扱方に於いて、苛酷と寛大との差ある、実に甚しかりき。 今、爰に新入者取扱方の概況を示せば、まづ其の頭髪を攫みて、牢内に引 摺り入れ、「キメ板」と称する敲木を振り揚げ、牢頭の前に引居ゑ、お名 主と称する牢頭なるを告げて、之れを拝せしめ、更に又、隠居、若隠居ハ カセ等の前に引摺り行き、形の如く之れを紹介して、更に言へるよう、此 方々は、強盗、人殺は申すに及ばず、騙リ、盗は数の知れぬ程場所を踏み し方々なりと、次に便所の傍に引摺り行き、此れは詰の間なり、不潔にせ ば、此の通りなりと言ひつゝ、彼のキメ板を以つて臀部を敲き、其の乱打 の下に打倒れるを期として、初めて席を与へらる。是れ即、新入者の儀式 的入牢の順序にして、若、土産の多きものは、特に優遇せられたりしが、 此の金銭は、牢内に於いて費消すべき途なけれども、其の多くは、牢番の 賄賂に供したるものなりき。 又、牢中に於ける病人の如き、往々仲間等より殺さるゝことあり。即、病 人にして飲水を乞へば、厄介者として、重立たる者、之れを議し、夜半の 比を期し、水盥に雑巾を湿し、其の厄介物と仰向に抑へ付け、其の雑巾を 顔に覆ひ、咽喉を足にて踏つけ、数多の囚人、それを圧殺し、一同知らぬ 顔して、翌朝牢番の巡回に際し、病人あるを以つて、葉湯を乞ふ。牢番、 素より之れを知悉せりといへども、毫も咎むることなく、式の如く、一服 の薬を与ふ。然るに、もと絶命したるものなれば、彼等は之れに服薬せし むることもなくして、終に其の効なかりしを報告す。而して、牢番も亦、 共に其の死体を菰俵に包みて、牢口に投棄し、其の夜に入りて、不浄口よ り穢多に担がせ、終に千日の砂場に送致す。 又、相対死、即、情死せしものゝ死骸、及び死刑以上に処せられしものは、 月正島、一名葦島、即、今の三軒屋船囲場に捨てられき。