大阪府 1903 より
是れより先、明治三年十二月、中央政府は、新律綱領を頒布し、国内一 般の刑法を行ふ。これ等は、古の大宝律領に類し、是れに唐律、明律を交 へたるものなりしが、同五年八月、司法省に警保寮を置き、同六年に至り、 社会の趨勢、政体の変遷と共に、改定律例を公布せられ、其の改正の重な じゅんけい るものは、士族の犯罪者は、閏刑と称し、謹慎、閉門、禁錮、辺戌、自裁 等に止まりて、五刑(死、流、徒、杖、笞)の実行をなさゞるに在り。 翌同七年一月、警保寮を内務省に移し、後、変遷して、現今の警保局とな り、漸、警察、軍務、裁判事務等の区分を見るに至り、同八年三月、行政 警察規則の発布せらるゝや、爰に我が国警察制度の基礎、初めて成れり。 夫れより同十三年七月に至り、更に刑法を布告せられ、十五年二月より施 行せられき。是等は主として、西洋の法律に依りて編成し、現行法、即、 是れにして、其の種顛を分かちて、行政警察、司法警察、高等警察、及び 軍事警察等とす。 行政警察は、人民の兇害を予防し、安寧を保全せんが為に行ふものにして、 司法警察は、犯罪、及び其の証拠を捜査し、又、犯罪人を逮捕するを掌る ものなり。而して此の司法警察の事務を取扱ふ警官は、自己の意思を以つ て、便宜事に従ふを得ず、必、司法官たる予審判事、又は
事等の命令に 依りて、動作すべきものなれば、現行犯、準現行犯の外、犯罪の捜査、逮 ほしいまま 捕共に令状なくして、擅に執行したるときは、警官は却りて、刑法に照し て、刑罸に処せらるゝに至れり。即、現行犯とは、現に行ひ、又は現に行 ひ終りたる際に、発覚したる罪を謂ひ、準現行犯とは、重軽罪の犯人とし、 一人、又は数人に追呼せられたるとき、兇器、臓物、其の他の物件を携帯 し、又は、身体被服に顕著なる犯罪の痕跡ありて、犯人と思料すべきとき、 家宅内に於いて犯したる罪を
証するか、又は、其の犯人と思料すべき者 を逮捕せんが為、戸主より其の処分を求めたるとき等を云ふ。 以上、行政司法の警察は、厳然たる区分ありて、毫も其の範囲の錯綜せる ことなしと雖も、之れが執行官は、素より同一にして、或ひは、行政警察 の執行官となり、或ひは、司法警察の執行官となり、其の時に臨みて、之 れを行ふものたり。高等警察とは、下等警察に対する語にして、公共の秩 序、又は安寧の保護を主とするものなり。 其の他、各省の大臣、警視総監、地方長官、及び郡長は、其の主任の事務 に付きて、法律勅令の委任に依り、警察命令を発して、人民の行為、不行 為を命ずることあり。即、大臣の発行するものは省令、警視総監のは警察 令、地方長官のは府県令、郡長のは警察規則なり。而して警察処分は、命 令、免許、説諭、拘引、拘留、物件の差押、
査、又は製造場、其の他危 険なる工作物の閉鎖等にして、是等の執行官は、通常執行官、非常執行官 とし、通常執行官は、警察官、及び憲兵、非常執行官は、軍隊なり。即、 警察官の職務上抜剱し得べき場合は、兇器を持し、犯罪人の身体財産に対 し、暴行を為し、暴行人、兇器を持し、犯罪人逮捕のとき、又は逃囚人の 追捕に際し、兇器を持して抵抗する時等、抜剱するにあらずは、是れを防 禦する術なきに臨み、是れが正当防禦として、之れを行ふの権を有せり。 然るに警察官にして、已むを得ざるにあらずして、人の生命を断ち、又は 負傷せしむることあらば、縦令過失に出でずとも、其の責任を負はざるべ からざるなり。