Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.9.22

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『二十三年未来記』
その4

柳窓外史(小柳津親雄)

今古堂書房  1883

◇禁転載◇

○第一 秩父山の段 (1)

管理人註
  

ひとり 一個の壮士、手に猟銃を携へ、終日山中をあさりて、思はず山奥深く進み 入りしが、鳥の啼き声、已に絶へたるに心付き、独り心に思ふ様、斯く迄 奥深く進み入りながら、未だ一の獲物なし、止みなん/\いざ帰らん、と 携へたる銃を杖に、元と来し道をたつねて、麓の方へ下らんとするに、                 いつぼつ 箇はそも如何に忽ちにして峡路、已に汨没して、査然たる深谷に入りぬ、               ながれ          こみち 壮士は大に怪み、先刻来りしは渓流に沿ふたる径路なりしに、今かゝる所 に迷ひ来りしは、不思議なれ、此の深山に狐狸の住む可き様もなし、踏迷 ひしならんと引返さんとする、折しも遥か彼方に声ありて、何やらん吟ず るに似たり、耳を傾けて之を聞けば、湖上烟波未帰。無功漁釣亦応非。頼 佐地方済持効。今秋共製荷衣と聞へけるにぞ、壮士ます/\怪み、銃を                こうぐわん 取り直しつゝ洞中を窺へば、白髪黄顔の老翁、一葉の羽扇を以て此方を招 くなり、心中大に驚けども、弱を示さば侮られん必定なりと、憶する色 なく進み寄れば、翁曰く、汝壮士驚く事なかれ、余此所にありて、汝を俟 つ久しかりし、汝しばらく此席に坐して、共に語り候へとあれば、壮士 答へて言やう、吾れ此の山に遊ぶ事数年なれとも、未だ翁を見ず、今日初 て相見ゆる事、いぶかしく存ずるなり、殊に翁の吟ぜられし詩を聴くに、 湖上烟波未帰。無功漁釣亦応非。頼佐地方済持効。今秋共製荷衣と 言へり、之れ大塩平八郎が松陰集の著成りしときに口吟せし詩と覚ゆ、翁 の作なりや否や知らされとも、今日、翁の身を以て此詩あるは、亦たいよ /\怪しくこそ侯へと難すれば、翁、莞爾と打笑ひ、汝、いしくも申した り、余は則ち大塩平八郎なるぞ、余、徳川の末路、太平の沢溢れて、人心                              ゐ び 驕奢に走り、在上の吏、私恣を恣にし、賄賂公行し、天下挙て萎靡不振の 極点に達せんとす、此の頽勢を換回せんには、非常の事を以てするにあら ずんば、天下の酔眼を驚破するに足らずと、天保八年二月十九日、賤民を 救ふを以て名とし、兵を大坂に挙げたり、然れとも、時機至らず、事忽ち 漏れて、計畧合期せず、終に目的を達する能はざりき、余、則ち再挙を 謀らん事を思ふが故に、十九日の戦場を脱し、大井正一郎、養子格之介等 と共に近村に隠れたれとも、探偵厳しきを以て、再び大坂に入り、美吉屋 五郎兵衛方に潜居したり、然るに事終に露顕して、討手を向けられしが、 大井と格之介は其場に討れ、余は一方の血路をもとめて近江の伊吹山に遁 れ、彼の山に在る三年、後ち信州御嶽の深山に隠るゝ十年、亦た出羽 の月山に五年、常陸の筑波山に七年、後此秩父山に移りて、こゝに九年の としつき 星霜を送りぬ、










汨没
埋もれる









「大塩平八郎小伝合期
(ごうご)
間に合うこと


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