『旧幕府 2巻第10号』(冨山房雑誌部) 1898.10 より
若 弥 左様の騒動ならは、察する処、此米高の時節柄にて、悪徒とも困窮に逼り、打こわしにても致すか、又 百姓一揆抔にて其中に平八郎在役中に何そ遺恨にても含たるもの有て、一揆共 平八郎宅を打こわしに懸りたるを、平八郎も塾生抔 沢山有故、夫を防戦して騒動に及ひし事か、何分一通りの火事計には無之。
貞は、升形御番所に詰、御同心小頭を呼、同心方一統総出の心得にて支度を整、差図次第、早速出勤候様にと申渡候。
程なく上屋敷より貞を呼に参り、【糸平】取権右衛門を以て、何か騒々敷、一通りの火事共相聞へ不申候間、与力同心一統総出可致旨 御達に付、直に鶴之丞へ申達、為助 三次郎へ其由申通、三人にて一統馳廻り、総出を申触候。
同心方は又、升形の小頭へも其旨差図申渡、其節 貞が心付にて、
又 無程 貞を上屋敷より呼に参り、天満与力 大塩平八郎、大筒を放ち、放火乱妨の体に候間、同心支配役一人同心三十人、外に平与力両人、何れも鉄炮を持、東町奉行所警固に罷越、鉄炮を以て打払可申旨、畑佐秋之助を以て御達にて、同心支配役は、貞に参れとも又、同役中とも名指も無之、平与力も誰と申名指も無之事故、差詰、貞の遁れぬ所と存せは、
是等を跡にて考へ候へは、如何にも貞が卒忽千万なることにて、平八郎 大砲を以 放火乱妨と申達の節、夫は如何様の事を致すとも何とも一言も押返して尋ず、下地より薄々風説を聞居たる故、早合点にて承知し、扨 此方より鉄砲を以 打払候様とあることは、尤大事の事にて、用人の執達位にて直に畏るへき事には無之。
組合(縦令カ) 遠藤殿留守に候とも、是は御直達を可承とて、一応追手へ出て、遠藤殿の御直の御達を承りて畏るへきことなり。
況や 他組の京橋へ、貞より通達抔、更に請合へき事にはあらさりし。
此時、若 京橋組に心得たる人ありて、其通達の手紙を以 追手へ出て、ケ様の通達 有之候得へ共、是は通達にては難畏候間、御直達を得度承て可罷越、とあらは、仮令 少々遅参しても至極尤に聞へて、其時は、貞か如何にも卒忽なる事と面目を失ふへし。
又、場処にての処置も、総て 初の沈勇なる所につれて、何事も狼狽なく慥にあるへし。
心得べき事なり。
扨 此一條を請取てからは、胸中何となく穏ならす。