葛
根を掘るには冬十月、葉の黄みたる時より掘始め、春正月二月頃、葉の出る迄
を節として掘る事なり、山家の農家は麦を蒔き仕廻て後、春の稼とする也、前日
掘帰りたる根を其夜か又は其翌日に製すべし、幾日もおくべからず、先土を能く
こすり落すべし、水にて洗へば正味減ずるとて洗はざる所あり、又洗ふ所もあり、
扨面の平かなる石を其家の庭に据置、其上に根をのせ、家内三人あらば三人打寄、
槌を以て砕きひしぐ事懇にして、叩終りて桶の中に入れ、又水を入れ、手にて揉
からむし
めば水灰色となり、根は苧の如き筋と成也、是を絞りあげて灰色に濁りたる水を
いかき
(関東にてはさると云ふ、九州にてはそうけといふ)にて漉て外の桶に入れ、
に残りたる筋の切々と皮の落たるは取捨て、暫く置けば桶の底に砂たまる也、
上の濁り水を別の桶に入れ、砂は取り除き、別の桶のふちに竹簀を置き、木綿袋
のせ、其中に濁り水をくみ込、口をしつかりとくゝり、豆腐を絞る如くして絞れ
ば、濁り水は桶に落ち、糟は袋に残るなり、
袋の中に残りたる細かなる糟と、初め取除きたるすさの如き筋と日に干置
かまど
き、荒きすさの如くなるは竈の下の焚付となし、細かなるは目のあらき水
にて通し、飯を焚に煮あがりたる時、少し宛入れて焚上げ交ふれば、黒き色
の飯と成也、尤も一合入れば、米二合のにも当りて糧と成ものなり、此糟を
九州にてはハカンニイと云ふ、又貯へ置きて飢饉の手当ともなし、或は麦の
粉、米の粉の団子の中に交てもよし、
扨て右の濁り水を又袋に入て別の桶に絞り込か、目の細かなる水 にて漉て、
少しも糟なき様にして、半日も置て見れば、上水澄居るなり、此澄みたる水だけ
水をかたむけ、桶をすてゝ、又水を入れ棒を以てまぜ、此如する事凡三四度にし
て、夫より一日も置て、又上水を懇にすますれば、白く下にをり溜りてどろ/\
位になりたるを別の桶に静かにうつせば、下に黒き葛溜り居る也、是は別にのけ
置き、白き分に又水を入れかきまぜ、一昼夜半も置けば、葛許り下に堅く付き、
上水澄みてうきたるをしたみ取れば、上面に少し濁りたる垢付也、是は布巾にて
ふき取、包丁を以て縦横に切目を入れ起し取れば、下面へ取残しの黒葛附居るを
削り取除き、白き分を麹蓋の様なるものに入れ干乾すべし、此時若し包丁にて起
すにゆるく、水気あらば半日又は一日置けば、水は上に浮き固くなる也、急に干
さんと思ふ時は、釜の下の灰を庭に盛立、程よく散し、少し中窪にて其辺へ桶な
る葛をうつしあくれば(此時取残りの黒葛底にあるをよくふくべし)、水気は灰
に吸込み、葛は堅くなるなり、是を取り上ぐれば灰と葛とは少しも付かず、葛計
りきれいにとれるなり、是を手にて細かに掻とりて、麹蓋の様なるものに並へ、
干乾かすべし、此干揚げたるが、即灰葛粉なり、
扨て取り除き置きたる黒葛は、灰葛同様に灰にて乾し、干揚げて貯てよし、
多くは其時生にて蒲鉾の如くかためて、長さ二分位に切りて茹て塩に付け、
抔?
又は醤油味噌杯付て夕飯のかはりに食するなり、一日の掘分にて交ものをす
れば、三四人一度に食する程ある者なり、又は豆の粉、砂糖などまじへて喰
すれば、白葛にて拵へたるより香気ありて美味なり、併し少し土臭気味なり
(製葛録)、
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