天保度飢饉の前年夏の頃、二宮金次郎と云ふ人、野州宇都宮にて茄子を
食したるに、其茄子の味全く秋後老熟の茄子の如しとて大に驚き、日光道
中を幸手迄皈る途中、凡そ草木の葉並に実等を試みたりしに、皆秋の時節
になりたる故、其年の気候早や老ひて秋に至りたるなり、必ず飢饉の兆な
らんと察し、又草木の根を試みたりしに平年に替らざるのみならず、却て
勢よし、因て思ふ、地上の気候は已に老て秋となるも地中は春夏と異なる
事なし、去れば根を用ふる物を作りたらば、必ず宜しからんとて我が預り
の郡中をして苗を皆抜き取り、芋類並大根茎等を作らしめたり、其の秋に
至り、果して米穀登らず世間皆飢餓に迫りたるに、其村の者は皆大根・芋
等の為に餓を免れたりと、
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