Я[大塩の乱 資料館]Я
2017.3.21

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「大塩の乱関係論文集」目次


『飢饉資料』(抄) その18

司法省刑事局編・刊 1932

◇禁転載◇

第三章 飢饉の公的対策
 第一 飢饉の前兆
  五 竹の実に就て (3)

管理人註
  

ニ 竹実記 (天保三年壬辰白雲山人著)  飛騨の国は山多き地にして、其山々は凡て(一名ちまきざゝ)と云 ふさゝ生ひ繁りて、其四五尺より殊に高きは八九尺許にもおよべり、今茲 壬辰春の末つかたより国の中央なる高山の府の辺十里許りの間、山々の 竹一根より二茎三茎づゝ穂をぬき出し、其高さ四五尺穂の末黍の状に似た り、花は至て小さく稲の花の如し、夏に及びて始て実を結べり、実の状全 く小麦に似て上下すこし鋭れり、其味も亦小麦にして但微しぶり竹の気あ る而已なり、土人是を自然粳或は竹麦と号け、炊きて飯となし、又は粉と なして団子或は温飩に造りて食するに、殆んど麦に劣らぬ佳味なり、於是 村々及び高山の人々皆な山に登りて我おとらじと采ければ、谷々峰々人な らぬ処もなく、殆んど秋の野よりも賑へり、凡そ若き人は一日に五六斗づ つ、老人女子は二三斗づゝ采得ざるはなし、如此すること五月六月と二月 許の間に家毎に十石二十石或は三四十石づゝ各其分に応じて取貯ふ故に、 高山の近郷十里許の間にて総て貯ふる所を計れば大率ね二十五六万石にも 及ぶべし、嗚呼天より如此時ならぬ賜を降し玉ふこと、実に治まる御代の 御余沢にして誰か此を欣び載かざらん哉、按ずるに飛州志と云ふ書に正徳・ 享保の頃、本州山竹実を結ぶ時の人、是を采りくらふといへり、然らば正 徳・享保の頃より今茲壬辰まで凡そ百廿年許り間絶へてなき珍らしき物な れば、今の人其能毒いかゞと疑ひあやしみ食せざるやからも間あり、又世 の人専ら竹の実を見て凶年飢饉の兆なりと云ひ伝へ、最も忌みきらふも多 し、故に今ま予古の書に載せたる竹実の諸説を考へ、且つ親しく見もし聞 もしたる事共を左に記るして、竹の実の絶へて毒なく然かも良能あること を弁へ、又凶年の兆にもあらずして実に治れる御代の祥端たるを示して今 の世の人の惑をとき、且後代までも伝へて天より降し玉ふ賜を忌みうたが ふ人なからんことを庶幾と云爾、  本草曰、竹実主治通神明軽身益気、陳承曰、竹間時見開花小白如花、亦  結実如小麦子無気味、而江淅人号竹米、弘景曰、状如小麦可為飯食  按ずる如此神明に通じ、身を軽うし気を益すと云へば、竹の実の比類な き良能ありて誠に貴き物たる知るべきなり、又竹米と号く、又飯と為し食 ふべしと云へば、常に食して妨なく、殊に益ありと知るべし、又按ずるに 本草に竹実と云へるは真竹の実にして竹の実にはあらざるべし、然し其 花実の状及び気味等の少しも異なる処なきを見れば、其效能も相同じきを 疑ふべきにあらず、  竹譜曰、竹六十年、而亦易根輙結実、而其実落土復生六年遂成町  今歳より七八年前に東州東辺より信濃の国界の山々に竹実を結び、土 地の人是を采りて久しく食糧としけるに、少しも害あることなく、殊更今 年も豊にて五穀大にみのれり、又其実を結びたる竹根葉共に枯れて、翌年 の春落ちたる実復生生て四五年を経て故の如く繁り茂へり、然れば結実易 根は竹譜に云へる如くにて、彼邦と異なることはなけれども、只其の六十 年に一度実を結ぶと云へるは同じからず、今は我邦は正徳の頃実を結びし より今茲まで凡そ百二十年なれば、年期我国に倍せり。是は竹の種類の異 なる故歟、抑も水土の同じからざる故歟、しるべからず、  玉堂清話曰、唐天復中隴西立陽民多流散、山竹皆放花結子飢民来采之食  珍如粳  是は唐の天褊年中に隴西の立陽と云ふ処、凶年にて其地の民住居なりか を已に餓死にも及ぶべかりしに、偶山の竹に実を結び、彼の飢へたる民ど も是を采食し、危き命を助りしと云へる也。然るに今の世の人、竹の実を 凶事の兆とて忌みきらふは右の話をあしく聞き伝へ、竹の実故に凶事とな りしと誤り心得たるなるべし、又按ずるに我邦正徳の比竹の実を結びたり とも凶年にはあらず、是にても凶年の兆ならざるを知るべきことなり、又 按ずるに此の竹の実の皮を去らず、貯へ置けば数百年の久しきを経るとも 朽虫ばむ事なし、本州の高原と云へる所の百姓の家に、昔し王徳の比に生 じたる竹の実を貯へ置きたる者ありて、今茲其実の皮を去り、試みに食し けるに風味少しも損せず、新しき実と異なることなしと云ふ、又たさゝの 実を俵に収め下に置きて、其上へ米を積み貯なれば、其米十余年を経ると も朽虫はむことなしと云ふ、竹の実はかく奇效良能あるものにして、実に 凶年飢饉の備用とは比類なき貴きものなり、此の竹の実の結ぶこと今年の みにあらず、又飛州のみにもあらず、此五六年前より美濃・信濃・近江尚 ほ其の余の国々にもあると聞き及べり、但し我が飛州の如く夥しきことは なきと見へたり、右に云へる如く凶年の備となるべきものなれば、其後又 竹の実を結ぶ国あらば、成るべきだけ采り蓄へ置きたき物なり。救荒の一 助ならん。





竹
(じゃくちく)
チシマザサ













(うるち)

温飩
(うどん)




























祥端
(しょうずい)
めでたいこと
のあるしるし、
吉兆

庶幾
(しょき、
こいねがう)
切に願い望む
こと
 


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