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金玉は貴しといへども、荒年の備とすべからず、兎角穀類ならざれば、
まさかの時人の命をつなぐべからず、されど計吏抔は穀にて積み置を、む
だ事の様に思ひ、金にしていつまでも利倍するを、良計とすれば、俄に荒
年に出逢ひて、人民を救ふことを得ず、其上積金にてあれば、いつしか、
国用不足の時、遣ひこみて、つひにむなしくなる也、されば義倉・社倉な
どある国もあれど、有名無実となりて、せんなき事となれり。又せんなき
のみならず、無きにおとることもあり。いかんとなれば、社倉・義倉はい
づれ、下の財を積むものなるに、上の用に遣へば、今迄取立て積しは、全
く運上の外の運上となり、年貢の外の年貢となり、名は民の飢餓を救ふと
いひて、実は民の膏血をしぼりとる也、凡国用は人を量て出るをなすべき
に、かやうの外物にて国用を足せば、はては外物なくては事弁ぜぬ様にな
り、つひには出るを量て入るを制する様になり、種々工夫して、民よりと
りて間に合さんとすべし、且其国用といふも、実の国用にあらず、鹵簿の
儀物を美くして、市童の誉を求るか、閨門の奢侈を増して、婦女の目を悦
すか、皆人欲の私を盛にして、いらざる事に費す事なり、国の本たる民を
削りて、枝葉にもならぬ、歌童舞妓、珍畜、奇獣抔の物を肥すに至る、是
根本の病なり、いたくこらし正すべし、此本を正さずして末を論じ、専ら
国用を足すといふ、計吏は、いはゆる仕送り方の心得にて、後日人民の飢
餓に及ぶをも思はずして、備荒の物を引出し、間に合せんとすべし、さす
れば義倉・社倉は、民を救ふ良法なれど、かゝる計吏出て、是を用ひば、
民を傷ふ大害となるべし、是ぞ苟卿がいへる、有治人而無治法といふこと
にて、其人なくば其法行はれず、されば専一に人をえらみ、其職に任ずべ
し、しかし害のあらん事を恐れて為さゞれば、いつの時にか民を救ふ仁政
を行ふべき、最初に法に立てるものあらかじめ後日の弊を見抜き、既に糴
本出来る上は、正米にて貯へ、一切金にて取扱ず、尚米にても危しと思は
ゞ、彼稗・ ・海草・野菜などをも、通半まじなへば、上に媚て下に憫れ
まぬ役人出来るとも、払ひても、せんなきことゆへ、手をつくまじき也、
たとひ海草・野菜にても、まさかの救を救ふ事は、巨万の金玉にまさるこ
と、いはでもしるべし、其上よく/\掟を立置なば、倉を空しくすること
しあらじ、くれ/゛\も社倉・義倉は下の為にするものにて、上の為にす
るものにあらず、しかしながら、下の為に利益なることは、終には上の為
に利益となるべし、有子の百姓足らば君たれと共にか足らざらんといひし
は、万世不易の道理ぞかし。
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鹵簿
(ろぼ)
儀仗を備えた行幸・
行啓の行列
苟卿
苟子のこと
有治人而無治法
治人ありて治法
なし
善く治める人は
いても、その法
があれば勝手に
良く治まるなど
という法はない
(荀子 君道編)
(うるち)
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