或る所に麦かし云ふことを企て、飢饉の備へとする方あり、今試みに其
割合を左にしるす
一 麦安百石 麦安ははだか麦のことをいふ 初 年
此利麦拾石 但し一ケ年に一割の利
一 同合百拾石 二年目
此利麦十一石
一 同合百二十一石 三年目
此利麦十二石一斗
一 同合百三十三石一斗 四年目
此利麦十三石三斗一升
一 同合百四十六石四斗一升 五年目
此利麦十四石六斗四升一合
一 同合百六十一石○五升一合
五ケ年目にて如此に成、都合よく備付候へば、かくの如く益あり、若し
飢饉の時には是を出し、村中へ割渡し救ふべし、一両年して世並直りたる
ときは、又村中いひ合て麦を集め、又は金銀を出しあひ、元のごとく麦を
調へ、又はじめのごとく貸付て備とすべし、九月に借たる利足を出すも、
翌年三月に借りる利足も同じ事也と云ふ訳は
麦は米と違ひ年毎に豊凶は少きものにして、大低押しならし、相応に
取入、其所の農家の飯米とするばかりにて、他国へ売出す程にもなく、
其所に限りて食尽すものなれば、直段の高下も余りなきもの也、然し其
国によりて常に高直なる国もあるべく、又下直なる国もあるべし
此麦を借ものに二通りの訳あり、農家にても商ひをするものは此麦を
かりて直にうりはらひ、其代料を商ひのかたへ遣ふものなり、又作りと
る麦を食尽して、かり請手前の食料とすることあり、此の貸方は正の麦
をかして、よく正の麦にて取立るゆへ、右の通り相場の高下なければ、
双方とも利方よき道理なり、又麦の出来、秋と云ふは四五月頃なれば、
新麦出来て大ひに下直なり、左すれば借方には僅二ケ月かりて一年の利
を出すは損失の様なれども、斯直段の高下あれば、五月に新麦をとゝの
へて返済する時、却て借たる方へ利分付ことなり
又九月に借りたる人は、九ケ月にて一ケ年の利を出すほどの利分には
いたらぬ也、爰を以て五七ケ月かりたる人も、二ケ月かりたる人も、一
ケ年の利麦を出すといふ訳なり
斯ごとくして貸付れば、五月に正麦かへり蔵へ納まり、八月まで貯へお
くことなれば、其年の稲作の豊凶はわかるなり、凶作と見るときは、少し
も貸すことなくして其村の救ひとすべし、豊作の時は九月より貸付ること
なれば、年々蔵に入かへて、一割づゝの益あり、もつとも蔵に置くことわ
わづか三四ケ月の事なれば、虫付ことなく、鼠にそこなはるゝのうれひ、
さらになし、
|