さむらひ
○士 荒年には米穀高直故、武家は知行米払高宜候へば、金子は自然手
入多く候に付、兼てよりほしき品相求め、或はふしん物好の入用時節柄を
も不弁、金子遣ひすて、或は衣服飲食におごり候等不心掛の至、人間のな
さけしらすざるものなり、世上うゑ人有之候節、たとへ自分有余ありとも、
かゆすゝり、米をくひのばし、万一の節は救をいたし可申事に候、尤も出
来宜しき処にては、人の難儀は我身の様には不存、おごりの心さり兼、下
人に至る迄もかゆをくへば、はらのへりはやく、うまくなきもの抔ときら
ひ、あしき下人は、主人を吝嗇などゝあしざまにのゝしり、主人もしいて
申付兼る事もあるべし、ケ様の節、天道をもわきまへず、時節柄をもしら
ぬは、人のみちにそむき候、尤下人を多くつかひえやういたし、其身深宮
の内に生長する人は、自分の心掛はよけれども、孰ありて世上の難儀を告
ぐる人なければ、左程のうゑ死難儀ともしらずして、心にとめざるも有べ
し、よく人に問ひて余りあらば、すくひを出すべし、武士の妻、昔しは土
著なれば、山に木こり、川にすなどり、いとくり、はたおる辛苦もみづか
らいたし、百姓の作り、夏のあつさ、冬の夜なべ、粒々艱難に出たる事を
も目に見てしり、酢・醤油・酒の作方もよくしりて、人の暮しのたやすか
らぬ事をわきまへしる故、衣服飲食のおごりもせざれ共、今は大様は城下
の住居多ければ、辛苦をしらず、その家有余あれば、衣服飲食におごり、
或ひはその夫をせたげ、時好の衣服、くし・こうがひなど大金に買求、男
子武備の手当をうすくせしむ、笄簪はさし料の大小にすぎ、衣服は甲冑よ
り貴きもありて、甚しきは、かぶき、歌うたひ、舞ふも有、夫たるもの道
を学ぱず、心掛あしければ、如此の風まゝあるよし、うゑ人多き節などは、
音曲歌舞を禁じて、天道をおそれ、人を哀み、けんやくを専らとし、武備
を心掛け。干城の道を尽すべし
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