Я[大塩の乱 資料館]Я
2003.2.19

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大塩の乱関係論文集目次


『青 天 霹 靂 史』

その12

島本仲道編

今橋巌 1887刊 より

◇禁転載◇

凡そ奉行を始めとして、諸有司皆此の如きの心を以てしては、国家に報ずるの精神など、夢にも之あるベきことなければ、則ち汲々として務る所は、現職を保たんとするの策のみに過きず、時に或は己が地位を害する者あらんことを恐れては、風俗の矯正と唱ヘ、謹厳なる触書を発して自己の醜行を掩蔽せんとすれとも、四方の耳目は、悉く之れを以て糊塗し得ベきにあらず、僅に進退し易き狗鼠の小吏を譴責する功あるのみにて、掩んと欲して、却て明なるの事実ありて、衆心憤怨して、将に汝を容さゞらんとすることを知らず、以て自ら得たりと為すは、憫むベきも甚しと謂はさる可らず、

試に現今東西両奉行所の諸法令は、都て松屋町の牢獄者の評議になりて発する者とせば、府下の人民誰か之れを信ずる者あらんや、其自ら罪を犯して、仍ほ之が法を立んとするに至ては、天下何れに到るとも信服する者あらさるベきは、理の尤も覩易き所なれば、彼の有司等は宜く自ら責め、自ら悛て廉潔清直の治化を為すヘきを専要とすることを思はず、反て吾躬行実践の徳を妨げて、向には吾饑民を賑さんとするの議を斥け、今又吾が金を商賈に借て施与に供せんとすることを沮むとは、抑も何事ぞや、吾れ寧ロ奉行に背くも、忠孝に背く能はず、

憶ふに幕府ありてより以来駕馭其方を失して規律弛廃し、諸司皆私を構ヘて、民の利益を思はず、施治弊に沈み、制度紊乱するに至る、今の時より甚しきは、之あらざるベし、

是以て民其徳に服せず、内外怨望するに及び、天屡災を下して警戒すると雖も、猶未だ顧みず、逾小人衆を比して政事を専横にし、驕奢浮 誇を事とするのみにて、毫も国家の休戚を以て其心と為す者あらず、

乃ち武臣の務は、国の威厳を保つに在て、防海の事亦其要務とする所なれば、近来異国の船舶辺海に出没して、覬覦を逞うせんとするの虞あるに於ては、苟も之に備るの途なきときは、一旦倉黄の変あるに遇はゞ、之を如何ともする能はず、終に将軍たる者をして、国家に対するの職務を曠うせしむるに至り、止むことを得す、用金を民間に徴して、僅に辺虞に備るに非れば、他に策の出つベきなくして、上は九重の宸襟を悩し、下は人民の倚信を失するに及ぶベきを察せず、安閑と日月を空過するは、今日幕政に参する諸老輩の習なるが如し、其然るを以て日に施設する所の治蹟も弊害百出して、言ふに堪えさる者あり、

或は己れに利あるが為めには、多数人の益を奪て、小人数に与るが如きの制を立て、或は苞苴の厚薄に依て公事を左右し、或は私に巨商と連絡して物価を高低し、間に居て其利を収め、或は政事の機を洩して其利と為し、或は即今官庁に必用なき物品を購入して、之に与るに非常の高価を以てして、其実は幾分の利益を分ち、或は官物を払下るに不当の廉価を以てして、其私利に供し、或は言を公事に托して、国費を以て四方を巡回して遊覧の情を恣にし、或は凶歉年を積で、人心恟々たるを口実とし、機密の入費と称して私便の方法を設け、人々巨多の金銀を引出し之を恣に使用して計算をも為さす、或は宗旨の葛藤あるを幸として之が内部に立入り、又は其請願あるに乗じて寺院より許多の贈与を貪り、或は会宴に托して人の妻妾若くは妓輩と乱席同坐し、或は人の子女を幸して父兄に与るに利禄の栄を以てし、或は標致を教坊に求めて其妾となし、縁あるの商人をして購身の資を出し及ひ別墅を作らしめ、之に報るに公用の上にして特別の恩典を与る等、到らさる所なく、其他に於ても山林原野及び金銀銅山等の事を始め、土水治水の如き、新説の事業の如き咸一として非常の私を為さゞることなく、指を屈して歴挙するに堪えざる弊のありて、廉耻の心は地を払て去り、敢て世に立ちがたきの大失策あるも、其瘢痕を曖昧にして役義を永久に保んことをのみ旨とし、甚しきに至りては、同臭味あるの商人をして其偽徳を頌表せしむるに極る等の事あることは、吾が続々として之を聞く所なり、随て大小の諸藩も此弊に陥らさる者は稀にして、吏治腐敗して、臭気鼻を突くこと、今や其極に達したるが如し、


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