島本仲道編 今橋巌 1887刊 より
衆皆曰く、先生、何ぞ彼をして国に往かしめんとするや、機事之れより洩れなば、正に如何とかすベき、に之を刺して、帰国に及ばしむ可らざるなり、
と、平八郎曰く、
然り、誰か能く其任に当るベき者ぞ、
大井正一郎、曰く、
僕願くは之に当らん、
と、平八郎之を許す、正一郎、刀を提て起つ、平八郎曰く、
汝刀を執て矩之丞の敵たるベからず、宜く用るに槍を以てすベし、
と、正一郎、更に槍を提て其室に至れば無し、之を索て厠を出るに会す、乃ち其洗手するを待ち、後より槍を矩之丞に擬して曰く、
宇津氏*1、命を先生に奉ぜよ、
と、矩之丞、顧て曰く、
吾れ固と之を期する者なり、
と、一笑襟を開て端坐す、正一郎之を刺して胸を貫き、帰報ず、平八郎、蹙額して曰く、
師弟にして不仁の甚しき、如何なる者あるを聞かす、吾れ徳に此人に耻づ、
と、哀悼之を久うして言なし、
衆曰く、
先生此大事を為んとするに当り、僅に一小事に屑々たる可らざるなり、宜く明日の軍事を議すべし、若し之を忽にせば、多数の人を如何せん、
と、強て之を激励して、徹夜、其進軍運動の方略を講じたり