Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.3.3

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「大塩の乱関係論文集」目次


「天保の饑饉 大塩の乱」
その4

静岡市市史編纂課編

『静岡市史編纂資料 第3卷』
静岡市  1928 所収

◇禁転載◇

第一二章 天保の饑饉 大塩の乱 (4)管理人註

添付の記
録書

  別紙記録書       乍恐以書付願上候  台徳院殿様御時代   元和六申年、町方困窮に付、奉願上候所、申年より戌年迄三ケ年之   内、御米壱万弐千俵宛拝借被仰付、返上納之儀は、時の相場金   拾両に付拾俵安の積を以、代金にて上納仕候事。  厳有院殿様御時代   明暦二申年、大風之後奉願上候処、為御救、御銀弐百貫目拝借被   為仰付、十ケ年賦返上納仕候事。  一、延宝三卯年、米穀高直に付、奉願上候処、御米千百七拾壱石九斗   四升六合拝借被仰付、三ケ年賦返上納仕候事。  右者先年当町人共困窮之節、奉願上候処、為御救御米銀等拝借被  為仰付候記録奉書上候。右之外風損火難、米穀高直之度々、御救米  被下置有頂戴仕、町方相続仕来り候、以上。  この願書の案文は人宿町三丁目、本通医師三浦右膳、校合は両替町五丁 目松屋元四郎、執筆は安西三丁目鯛屋源七であつたといふ。非常の場合、 大切なる願出の事とて、充分意を用ひたのである。総代の出府途中の状況、 江戸着後、直ちに奉行に面接して願書を呈出し、尚又切迫せる事情に付、 縷々陳述したる当時の模様は、総代の記録にかゝる次に挙げた始末書に詳 細述べてある通りである。

徳富猪一郎
『近世日本国民史』
その22


台徳院
徳川秀忠の法号







厳有院
四代将軍
徳川家綱の法号


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