|
五郎兵衛夫婦は、絶対秘密と念にも念を入れて居たが、久しくなれば、
でかはり
自然には奉公人にも怪しまれる道理、遂に三月の出代時に暇を取つた下
女、平野郷の某といふ者の口が滑つて、それから足が附き、城代土井大
炊頭から、兼て平八郎の敵役なる立入与力(常に城代の下に出入し、其
用向を承る町奉行与力)内山彦次郎に沙汰があつて、五郎兵衛の糺弾と
いよ/\
なり、愈々平八郎父子の所在が露顕したので、城代側より家臣岡野小右
衛門以下八人が、召捕方を命ぜられ、大目附時田肇が取締となつて差向
く事となり、それに部屋目附鳥巣彦四郎も加はり、彦次郎並に西組同心
おふてからめて いよい
四人と共に、追手搦手の手筈を一々絵図面によつて部署して、愈よ廿七
なゝつ
日の早朝七時(四時)といふに美吉屋に向つた。尚ほ美吉屋の周囲には、
総年寄今井為之助外二人の指図の下に多数の火消人足迄、万一の用意に
と固めて居る。愈よ内外の固め十分と思はれた頃、五郎兵衛の女房は、
同心等に言ひ含められた通りに、吃驚し乍ら、余儀なく一同の先に立つ
て庭口に入り、モシ/\と声を懸けた、すると小路次を細目に引き明け
て、平八郎は一寸顔を見せたが、捕手の姿を認めるや否や、ハタと戸を
建寄せ、抜身の脇差のみが、其間に見える、小右衛門が平八郎とも言は
うち
るゝ者が卑怯也といふや、『唯今罷出づる』との返事であつた。其中に
くゞ
に一人が小路次を潜つて半棒振上げ、正面の戸を叩いた所が、其隙間か
もう/\ えんせう けむり
ら濛々として、吹出した烟硝の烟、扨は火を掛けたりと、一同戸障子を
ちんにふ ねすがた
破つて闖入し、烟の中を屹度睨むと、正面障子の中に人の臥姿が見え、
たゝず
立て掛けた衣類、障子に早や火が廻つて居る。壁際に一人 んで居たの
は確に平八郎と見たが、矢庭に脇差を取直して、横様に我咽喉に突立て、
さかん
引抜様に捕手を目掛けて、投附けた。火は盛に燃え上り、黒烟は渦を捲
いて溢れ出る、寄手の人数は堪らずして、我勝に路次口へと逃出したが、
ひま ほのほ
此時搦手の面々が余りに隙取るので、様子を見に来ると、紅蓮の烟の舌
の中に、平八郎の坊主頭がチラ/\見えたといふ。是が実に平八郎の最
後であつたのだ。それより一同、又も駆け寄つて戸口を破壊したが、火
勢猛烈で、到底踏込めぬまゝに、跡を火消人足に任せて引下つた、焼跡
むき
の材木を取除けて見ると、平八郎は咽喉を突いて、打伏せに外つ歯を露
だ
出して死んで居り、格之助は自殺とも見えぬ体で、胸を貫かれて倒れて
おく
居た。多分怯れを取つたのであらう。思へば平八郎が何やらん、卑怯々々
と罵る声が外にも洩れたのであつたといふ。此両人の死骸は、向側の医
師三宅某の所から徴発した二挺の駕籠に載せて、五郎兵衛夫婦と共に高
原溜へ送られた。
|
中瀬寿一他
「『鷹見泉石日記』
にみる大塩事件像」
幸田成友
『大塩平八郎』
その160
平野郷は
大阪城代
土井大炊頭
の領地
|