Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.4.21

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「大塩の乱関係論文集」目次


『民本主義の犠牲者大塩平八郎』

その121

相馬由也

開発社 1919

◇禁転載◇

十七、交友と著述 (3) 管理人註
   

 剩す所は佐藤一斎であるが、一斎とは未だ一度も面会の機はなかつた                          しきり 筈だ、併し一斎には平八郎の方から、益を受る積りで、頻に書面を送り、 それに対して、一斎からも懇切な書面を報ひて居るから、之を親しいと                         ほうばう いへば、無論親しいと言へもしやうが、一斎は極めて鋒鋩を蔵して、世       さうらう            えい  あら に顕はさず、滄浪の水の清濁に従つて、或は纓を濯ひ、或は足を洗ふと   いづ も、孰れにも游泳自在の妙術を会得して居た様であるから、鹿を追ふ猟                        ぜいさく 師の山を見ぬ如き、一本道を真直に走る平八郎とは鑿相容れざる人格 と想ふも、併し当時一斎の名声は、彼の学と才と、而して占むる所の地              せきじん 位の高きとに因つて、四方に籍甚たるものがあつたらしいから、平八郎              ていし も其評判に魅せられて、彼の提撕啓発を得んと欲するの念が一時盛であ つた様に思ふ。併し彼には一斎の平八郎に与へた書翰の現存し居るもの に徴するに、平八郎の持つ意気や張りといふ者が薬にしたくも発見出来       つい ぬから、多分終には、世渡り上手の当世学者位に心得て止むだ事と想像                  えうかう する、茲に其一端を拾へば、『扨拙も姚学(陽明学)を好み候様被仰               たんしう候処、何も実得之事無之、赧羞に堪ず候、姚江之の書、元より読候        しんへん 得共、只自己之箴に致し候のみにて、都て之教授は並之宋説計にて、               さまたげ 殊に林氏家学も有之候へば、其碍にも相成、人之疑惑を生じ候事故、 余り別説も唱不申候事に候、且又江都にては群侯百辟之間に周旋致し                                てき 候事に候へば、何学などと申し候事詮も無之く、只自己に乍及迪 てつ             たゞ 哲之実功を骨折、夫よりして君心之非を格し、遂に治務之間にも預り候 へば、漸々人之家国に寸補可之哉に存候、兎角人は実を責ずして名                               つとめて を責候ものかと被存候、名にて教之害を成す事少からず候へば、務而 主張之念をりて公平の心を求め度候、左候へは却て教化之広く及申 候事有之哉と被存候、返す\゛/も其実無之ては、何学にても埒明 不申、たゞ自己之実を積候外無之とのみ心掛候得共、扨て十が一も存 意通に参らず、浩嘆に堪ず候』とある如き、如何にも老実らしき物の言 廻し、巧ならずとはせぬけれども、又『名にて教の害を成す事少からず 候へば、務めて主張之念をり』といふ事は如何にも道理で、平八郎が            なづ 強いて己の学を陽明学と名けず、至公至平の見地に立つて、孔孟学と称 するにも合ふべき筋ながら、是は其前段に於て、『姚江之書、元より読 候得共、只自己之箴に致し候のみにて、都ての教授は並之宋説計に而、                       かんかく 殊に林氏家学も有之候云々』といふ文意と直に扞格すべきものだ。何 となれば、拙者は名を立てて事々しく主張するを嫌ふから、唯我信ずる 所を説きて、実を責むるのみだといふなら理解出来るが、彼の言ふ所は 左様ではない、陽明学は自分一己の箴に致し、他に向つては並之宋説 計に致す、それに林家の家学も有つて、其手前遠慮だからといふに過ぎ                            かく ぬ、是では一つ学問を二様に使ひ分けの芸当を演ずるもの、此の如くに して、良心の呵責を受けぬ真儒なる者が此世に在り得るなら、不思議な    こと 訳だ、特に江戸では群侯百辟之間に周旋致すから、何学などと申す事は                 こうがふ         はらわた 詮無いといふに至つては、全然是は苟合主義の俗儒の腐れた腹でないか、 鴻の池に叩頭する小竹と五十歩百歩と謂つ可きだ、




鋒鋩
刃物などの
きっさき

滄浪
あおあおと
した浪


冠の装飾具

鑿相容れず
二つの物事が、
互いに食い違っ
ていて合わない
こと

籍甚
評判の高いこと

提撕
後進を教え導く
こと





幸田成友
『大塩平八郎』
その175






百辟
諸侯、諸大名

















浩嘆
大いになげく
こと












扞格
意見などが食
い違うこと
















苟合
迎合すること


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