Я[大塩の乱 資料館]Я
2012.12.26

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「大塩の乱関係論文集」目次


『民本主義の犠牲者大塩平八郎』

その59

相馬由也

開発社 1919

◇禁転載◇

八 所謂三大功績 (9) 管理人註
   

 それは兎もあれ、已に八万四千の煩悩に対して、八万四千の法門を開                    いぎやう くといふのが仏祖の精神であるとすれば、易行門、難行門、絶対的禁慾 門、比較的禁慾門、色々あつて差支無いけれども、而かも放縦生活は何 としても許されぬ筈、世法を怖れるよりも、仏法を怖れて然るべきであ     ぢよく                   まる るが、五濁十悪の末世の僧尼は何の思慮も無く、頭を円めることを以て         くらゐ 矢張り処世の一法位に心得て居る。徳川時代の御伽話には、能く寺の和 尚と小僧とが主人公になつて、小供の腹を抱へさせるが、其筋は常に寺 院の腐敗を示して居るでないか。例へば小僧を使に出した留守に比丘尼           ふ ざ け を引入れて、和尚が巫山戯て居ると、スタ/\小僧が引返して室に入り    お ほ あ れ 来り、大暴雨だ、大変だと騒ぐ、比丘尼を天井裏に忍ばせた和尚は驚い                      ゆびさ て、何だ此御天気にといへば、小僧は天井裏を指して雨(尼)脚が下つ て居るといふ、見れば隠し切れぬ比丘尼の片足がまた゜下から見えて居            ゆで たとか、或は和尚が常に玉子を米饅頭と名づけて食つて居たが、或る 日法用に小僧を連れて村の檀家に往つたら、小僧が驚き顔をして、時を                   てゝ 告ぐる雄鶏を指し、「和尚様、米饅頭のが鳴きます」と大呼したとや らいふの類がそれだが、是は何を語るか。勿論大阪ばかりでなく、全国 推並べて此始末であつたらうが、而かも間近く大阪に於て、最も忌憚な                              まなこ く其破戒無慚の行為を見るに於ては、何とて方正謹厳の平八郎の眼に之  くわんか を寛仮する事が出来やう。











「浮世の有様
文政十二年大塩
の功業」
その2 






















寛仮
人の罪や欠点
などを寛大に
扱って、とが
めだてをしな
いこと


『民本主義の犠牲者大塩平八郎』目次/その58/その60

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