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それは兎もあれ、已に八万四千の煩悩に対して、八万四千の法門を開
いぎやう
くといふのが仏祖の精神であるとすれば、易行門、難行門、絶対的禁慾
門、比較的禁慾門、色々あつて差支無いけれども、而かも放縦生活は何
としても許されぬ筈、世法を怖れるよりも、仏法を怖れて然るべきであ
ぢよく まる
るが、五濁十悪の末世の僧尼は何の思慮も無く、頭を円めることを以て
くらゐ
矢張り処世の一法位に心得て居る。徳川時代の御伽話には、能く寺の和
尚と小僧とが主人公になつて、小供の腹を抱へさせるが、其筋は常に寺
院の腐敗を示して居るでないか。例へば小僧を使に出した留守に比丘尼
ふ ざ け
を引入れて、和尚が巫山戯て居ると、スタ/\小僧が引返して室に入り
お ほ あ れ
来り、大暴雨だ、大変だと騒ぐ、比丘尼を天井裏に忍ばせた和尚は驚い
ゆびさ
て、何だ此御天気にといへば、小僧は天井裏を指して雨(尼)脚が下つ
て居るといふ、見れば隠し切れぬ比丘尼の片足がまた゜下から見えて居
ゆで
たとか、或は和尚が常に 玉子を米饅頭と名づけて食つて居たが、或る
日法用に小僧を連れて村の檀家に往つたら、小僧が驚き顔をして、時を
てゝ
告ぐる雄鶏を指し、「和尚様、米饅頭の が鳴きます」と大呼したとや
らいふの類がそれだが、是は何を語るか。勿論大阪ばかりでなく、全国
推並べて此始末であつたらうが、而かも間近く大阪に於て、最も忌憚な
まなこ
く其破戒無慚の行為を見るに於ては、何とて方正謹厳の平八郎の眼に之
くわんか
を寛仮する事が出来やう。
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「浮世の有様
文政十二年大塩
の功業」
その2
寛仮
人の罪や欠点
などを寛大に
扱って、とが
めだてをしな
いこと
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