その20 石原干城(出版)兎屋誠(発兌) 1885
◇禁転載◇
適宜、読点を入れ、改行しています。
○大塩兵を集めて軍を出す (2) |
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此難波橋の南詰に、常に平八郎方へ出入をなす、八百屋何某といふ者なり、逆徒等此見世に立寄て、咽喉を湿(うる)ほさん為に、皆々祇園坊といふ柿を丸の儘に噛りけるに、此家の亭主思ひけるハ、今此柿を振舞からハ、我家は無事に焼れまじ、と彼祇園坊の柿の仕舞あるを箱の儘残らず取出し、十分に振舞遣けるに、皆々残らず喰尽し、返礼なりとて大筒を打放せバ、此家は忽ち灰燼と成しとぞ、
扨も追々に人数増て五六百人となりしかバ、先鴻池が一統、出店ハ一軒も残らず放火しける、此処にハ音に聞へし分限者多く、家毎に大筒火矢を討懸、土蔵穴蔵に至る迄打毀ちて、貯へ置る金銀数多を取出し、往来の者を呼て与んとすれど、誰有て是を貰ふ者なく、此形勢(ありさま)に恐れをなし、近付者壱人もなし、道理(ことはり)なる哉、
此時節に如何に金銀が欲くとも中\/手を出す者あるへきや、依て散\゛/に打散して押行けり、
其日、惣大将大塩平八郎が出立(いでたち)にハ、白小袖の上に黒羽二重の紋付を複(かさ)ね、銀もうる野袴を穿、太刀造りの大小に黒羅紗の陣羽織、鍬形打たる廿四間の白星の甲を着し、手に赤き采配を取て、人数を指揮す、其年齢四十五六歳にして、面長く色白く、眉毛逆立、眼袋大きく、眼光人を射、中肉中丈(ちうぜい)、威有て猛からず、言語爽かにて水の流るゝが如く、誠に何れへ出しても一方の大将とこそ見えにけり、
沢上江村 | 鎗 | 上田幸三郎 | |||||
鎗 | 阿部 長助 | 鎗 | 白井孝右衛門 | 鎗 | |||
鎗人足 | 鎗 | 曾我岩蔵 | 同 | 松山 三平 | 同 | 同 周治 | |
播州加東郡 | 鎗 | ||||||
鎗人足 | 総大将 | 根本支配所 下辻村 | 同 | 近藤梶五郎 | 同 | ||
旗 | 七助 | 同 | 同 | 深尾治兵衛 | |||
鎗人足 | 同 | 竹上万太郎 | 同 | 梶岡 伝七 | |||
旗 大筒人足二人 鎗人足 | 勢州山田 神主 与力 | 鎗 鎗 鎗 鎗 | 安田図書 西村新三郎 宮脇志摩 瀬田藤四郎 | 同 同 | 橋本忠兵衛 茨田郡治 | 同 同 | 杉本林太夫 横山文哉 |
大筒人足三人 | 具足櫃 寛蔵 | 大筒一挺 小筒二十挺 大筒打始メ 東奉行組屋敷 より | 人数凡 百三十人許 | 判木屋 北久宝寺町 河内屋名不知 大工 江ノ子島辺の者 猟師 金助 |
先一番に天下に其名を知られたる鴻池善右衛門が店に押寄たる形勢を聞くに、店に詰合番頭手代小者丁稚に至る迄、スハ押寄たりといふより早く狼狽周章一方ならず、荷物を片付、蔵に入、戸前を〆んとするの騒ぎを見つゝ、大塩父子ハ采配打振、汝等速かに此所を立され、迷ひ居て我下知を用ひざれバ、忽ち命を失ハん、早く打捨立退べし、と諭すと雖も唯狼狽て、中には立退者もあれど、迷を取て逃退ず、猶も彼是荷物をバ、持運びなんとする者も有り、
兎角に間(てま)どり埒明ざれバ、大塩声を励してハヤ時刻移る、是非に及ばん、一挫(ひし)ぎせよと云より早く、車に乗たる五貫目玉の木砲に、火矢を仕込たるを押向、一発放しけるに、何かハ以て堪るべき、さしも堅固に造りたる土蔵も、霹靂一声して見る\/微塵と成たるにぞ、
一同尚も周章狼狽(あわてふためき)、只声を限りに泣叫び、我家ながらも途(ど)を失ひ、手屈(かゞ)まり足震へ、腰抜て目眩(くらめ)き、迯得ざる者多かりしと、逆徒等猶も鉄砲火矢を打懸\/止ざれバ、炎盛に燃上り、其すさまじきこと言ん方なし、
夫より近傍の金満家を、家毎に大筒火矢を打込、エイ\/声にて押行ながら、大塩皆々に下知をなし、逃去れ\/と一同に声を懸させ呼せたるハ、怪我過ちをさせまじとする、是ぞ人心を得んの術計(てだて)なりとか、
然ど強壮の男と見れバ引捕へて強談し、味方いたすべしと言るゝ侭、皆々怖ろしさの侭言べき様もなく、附従ふ者どもに車を押せ、又其外の役に遣ひけるが、爰に灰屋といふ者有り、此者を捕へて鉦を鳴させしに、余りに怖ろしさに手震ひて、鉦の音一向に出ざれバ、役に立ぬ奴原かな、然バ車を押べしとて押せけるに、辻の角にて車軋りて廻らぬに、四五人懸りて押廻す時の拍子に紛れてや、漸々に其場を遁れ去しと、跡にて語りけるとなむ
去程に逆徒等ハ、次第\/に大筒火矢を打込\/押行ゆゑ、其町々の騒動言ん方なく、誰しも命ハ惜き故、東西南北に逃迷ふて、火を防ぐ者更になく、黒煙天地に漲(みなぎ)りて、如何なる修羅
の街(ちまた)といへど、是にハ過じと思ハれたり、
逆徒等人数ハ殖れ共、烏鷺(うろ)つく者は、誰彼を言ハず呼止て、役に遣ひけるが、爰に河内在の百姓にて、娘を大坂の町へ縁付しが、此大火と聞、心元なく急ぎ
見舞に来りしに、是も同じく逆徒等に捕へられて、鎗を持てと言付られ、恐み畏み、震々(ぶる\゛/)鎗を持けるが、如何に成行事やらんと、胆魂も身に副(そは)ず、言付られし如く従ひ行しが、脚半の紐の解しゆゑ、是を結バんとしたりし内、少し後れて有けるが、コハ逃るにハ幸ひなりと、其儘鎗を打捨て、一散に逃走りしとぞ、都て斯様のこと多く、挙て数ふるに遑(いとま)あらず、
既に逆徒等船場迄推来りし頃ハ、同勢を三段に備る程の多勢となり、先手ハ東横堀、今橋を打渡りて、思ふ儘に放火なして、彼奉行所を抜んものと、内平野町を一同に押来る勢ひ盛なり、火炎は益々蔓延(はびこ)りて、余煙天を覆ふて物凄し、