堕落僧を一
排す
一身を賭し
て奸吏の汚
行を摘発す
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当時、僧侶の堕落は、大阪に於てどん底に達して居た。中にも、俗に
「かしく寺」と称した北野の寺では、住職が加持祈祷に托して婦女を誘
惑すると云ふので有名だつた。平八郎はそれらのことを憤つて、再三彼
等を戒飾した。而して尚ほ改めない悪僧数十名を捕へて、遠島の刑に処
したのである。次ぎに弓削新右衛門らを糺弾することに就いては、平八
郎も決死の覚悟を以て事に当つた。
と云ふのは、弓削は大阪与力中の故老で、市政上古くから権力を揮つ
て居たからである。彼れは一面、その同僚の一部や、年寄、総年寄とも
親しい関係を持つて居たのみならず、他面非人頭や俗に「猿」と称した
今の刑事巡査のやうなものを使嗾して、市民の僅かな失行を剔抉して脅
迫を加へ、金銭を貪つて居たのだ。だから、若し弓削の罪跡を洗ひ立て
ると、却つて弓削のために搆陥されされる恐れがあるばかりでなく、各
方面に影響を及ぼす為め、どの与力も知つて知らぬ振をしてゐた。高井
実徳はそれを残念に思つて、特に平八郎に官紀振粛のために其巨腕を揮
ふことを求めたので、平八郎も一身の利害を度外に置いて、糺弾の手を
加へたのである。其結果、弓削は罪を悔いて自刃する、余党は刑場に晒
されると云ふ帰着を見ると共に、其贓金三千両を没収して、貧民救恤に
宛てることが出来た。それは文政十二年三月のことで、大阪市民は、深
く平八郎に向つて感謝した。
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使嗾
(しそう)
指図してそそ
のかすこと
剔抉
(てっけつ)
えぐりだす
こと
搆陥
(こうかん)
はかりごとを
かまえて人を
罪におとしい
れる
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