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講義時間はかうである。――毎暁七ツ時頃に起るとすぐに一回あつた。
五ツ時頃に出塾して八ツ時頃に帰宅すると、また一回あつた。それから夜
にかけて二三回あることもあつた。
平八郎の講義は生きてゐた。講義の講義ではなかつた。自由人間の講義
であり、愛と涙の講義であつた。世の中の講義であつた。書物のみに固着
しない彼は、講義の中に不合理なる社会状態を批判した。攻撃した。また
大胆にも諸大名の為政振りを、炎のやうな口舌で、露骨に駁したので、門
弟は驚異した。けれどもそれは初めのうちであつた。しまひには門弟の方
から、彼等の態度や為政振りを質問し出した。平八郎は講義を通して皮肉
に軽妙に返答した。それは門弟の中にスパイがゐないとも限らないと思つ
たからであらう。兎に角、彼の講義は天下第一を占めてゐた。他の多くの
儒者は、彼の足元にも寄らなかつた。
教科書即ち講義本は左に掲げた書物である。
□一経四書――孝経〔増補孝経彙註并鄭註本〕
古本大学〔序解〕
中庸〔朱註〕
論語〔朱註〕孟子〔朱註〕
七経三伝――易〔程伝〕
書〔蔡氏集伝〕
詩〔呂氏読詩記并朱子集伝〕
礼記〔陳氏集伝并三礼義疏〕
春秋〔并三伝〕
理 学――伝習録
朱子小学
四名公語録
近思録
陽明子集類
王門諸子書類
程朱書類〔有口訣〕
歴代理学名賢書類〔有口訣〕
史 類――二十一史
通鑑綱目
読史管見
名臣言行録〔各有口訣〕
詩 文――八大家文集之類
杜詩及宋十五家詩選之類
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幸田成友
『大塩平八郎』
その74
出塾
「出勤」が
正しい
幸田成友
『大塩平八郎』
その73
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