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二月十八日の夜になつて。平八郎一派の陰謀は露見した。同志の平山助
次郎、吉見九郎右衛門の二人が、恐れて東町奉行跡部山城守に自首したが
ためであつた。その夜東町奉行所には、平八郎の同志瀬田済之助、小泉淵
次郎の二人が宿直してゐた。跡部は平山、吉見の密告したことを瀬田、小
泉に知られては、叛人を激発させる恐れがあるので、腹心の者を宿直室へ
遣つた。
宿直室には、二人の者がしめりかけた行灯の前に、火鉢にさし向つて坐
つてゐた。二人は黙りこくつて物は云はなかつたが、をりをり眼と眼を見
けつき ころ
合せて蹴起の日のことを話してゐた。それはもう三更(十二時頃)の比で
あつた。
『小泉氏、小泉氏。』
宿直室の入口へ来て声をかける者があつた。小泉は何者だらうと思ひな
がら、
『はい。』
そ と
と返事をした。すると、戸外の人は云つた。
たま いで
『ちよつと、溜りまでお出を願ひます。』
そのなことは時たまあることであるから、小泉は別に意にも介しなかつ
た。
『さうでございますか、それでは。』
かたはら と
傍においてあつた刀を執つて、瀬田に、
『それでは、ちよいと往つて来る。』
かう云つて障子を開けて廊下に一足出たところへ、暗い中から白刃が光
つた。同時に小泉が叫んだ。
『しまつた。』
たを
そして小泉の体はそこに斃れてしまつた。瀬田はもうすべて事情を覚つ
と
た。彼はいきなり傍の刀を執つてひき抜きながら、反対の側へ走つて往つ
て、そこの障子を開けるなり外へ出た。そこは庭に出る廊下の口であつた。
いたづら
敵の白刄はそこにも光つた。しかし、瀬田は徒に戦つてゐる時でないから、
機を見て庭におり、切戸を開けて走り出た。
かしら
天満川崎の大塩家の洗心洞では、頭立つた同志がゐて評議をしてゐた。
しらは
そこへ、髪を振り乱して白刄を手にしたままの瀬田が駈け込んで来た。
『先生、一大事ですぞ、もはや事が露見いたしました。』
瀬田は肩で大息をつきながら云つた。
『何、露顕。』
平八郎は案外に落着いた調子で訊き返した。
『万事が露見したに相違ございません、何者か裏切つた物がございますぞ。』
く や
瀬田はさう云つて、口惜しさうに歯がみをした。これを聞くと、同志は
一斉にいきり出した。
『何ツ、裏切り者。』
『誰れぢや。』
なにやつ
『うぬ、一体何奴だ。』
つか まはり
一同は刀の柄にもう手を掛けて、瀬田の周囲をおつ取り囲んだ。
『小泉と二人で宿直をしてゐると、小泉を呼びに来た者があるので、小泉
が障子を開けて廊下へ出たところを、一刀にやられた、俺は隙を見てやつ
と逃げて来た、どうしても露見したものだ、もう猶予は出来ないぞ。』
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その112
幸田成友
『大塩平八郎』
その120
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