Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.2.8

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「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」
その22

田中貢太郎(1880-1941)

『大塩平八郎と佐倉宗五郎』
(英傑伝叢書10)子供の日本社  1916 所収

◇禁転載◇

十一 陰謀露見 (1) 管理人註
  

 二月十八日の夜になつて。平八郎一派の陰謀は露見した。同志の平山助 次郎、吉見九郎右衛門の二人が、恐れて東町奉行跡部山城守に自首したが ためであつた。その夜東町奉行所には、平八郎の同志瀬田済之助、小泉淵 次郎の二人が宿直してゐた。跡部は平山、吉見の密告したことを瀬田、小 泉に知られては、叛人を激発させる恐れがあるので、腹心の者を宿直室へ 遣つた。  宿直室には、二人の者がしめりかけた行灯の前に、火鉢にさし向つて坐 つてゐた。二人は黙りこくつて物は云はなかつたが、をりをり眼と眼を見    けつき                          ころ 合せて蹴起の日のことを話してゐた。それはもう三更(十二時頃)の比で あつた。 『小泉氏、小泉氏。』  宿直室の入口へ来て声をかける者があつた。小泉は何者だらうと思ひな がら、 『はい。』              そ と  と返事をした。すると、戸外の人は云つた。       たま       いで 『ちよつと、溜りまでお出を願ひます。』  そのなことは時たまあることであるから、小泉は別に意にも介しなかつ た。 『さうでございますか、それでは。』 かたはら          傍においてあつた刀を執つて、瀬田に、 『それでは、ちよいと往つて来る。』  かう云つて障子を開けて廊下に一足出たところへ、暗い中から白刃が光 つた。同時に小泉が叫んだ。 『しまつた。』             たを  そして小泉の体はそこに斃れてしまつた。瀬田はもうすべて事情を覚つ              た。彼はいきなり傍の刀を執つてひき抜きながら、反対の側へ走つて往つ て、そこの障子を開けるなり外へ出た。そこは庭に出る廊下の口であつた。                     いたづら 敵の白刄はそこにも光つた。しかし、瀬田は徒に戦つてゐる時でないから、 機を見て庭におり、切戸を開けて走り出た。                 かしら  天満川崎の大塩家の洗心洞では、頭立つた同志がゐて評議をしてゐた。            しらは そこへ、髪を振り乱して白刄を手にしたままの瀬田が駈け込んで来た。 『先生、一大事ですぞ、もはや事が露見いたしました。』  瀬田は肩で大息をつきながら云つた。 『何、露顕。』  平八郎は案外に落着いた調子で訊き返した。 『万事が露見したに相違ございません、何者か裏切つた物がございますぞ。』            く や  瀬田はさう云つて、口惜しさうに歯がみをした。これを聞くと、同志は 一斉にいきり出した。 『何ツ、裏切り者。』 『誰れぢや。』       なにやつ 『うぬ、一体何奴だ。』       つか            まはり  一同は刀の柄にもう手を掛けて、瀬田の周囲をおつ取り囲んだ。 『小泉と二人で宿直をしてゐると、小泉を呼びに来た者があるので、小泉 が障子を開けて廊下へ出たところを、一刀にやられた、俺は隙を見てやつ と逃げて来た、どうしても露見したものだ、もう猶予は出来ないぞ。』


石崎東国
『大塩平八郎伝』
その112

幸田成友
『大塩平八郎』
その120


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