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いた
瀬田ははらはらと涙をこぼした。一同は暗然として同志小泉の死を悼ん
だ。しかし、その裏切者が同志平山助次郎、吉見九郎右衛門両人であると
は思ひつかなかつた。
平八郎はぢつと考へてゐたが、やがて奮然として起ち上つた。
『よし、一刻も猶予は出来ない、諸君、先んずれば人を制すだ、今日は釈
典だから、同志が相当集るだらう、今日お互ひに事を挙げやう、さあ、門
出の酒を汲み交さう。』
間もなく、平八郎を上坐にして、瀬田を初め其他泊つてゐた五六の同志
うち
は車坐になつて、門出の酒宴を張つた。その中に夜はきれいに明け放れて、
朝陽が出て来た。
こう ふ し
洗心洞学堂の宏壮な大門は左右に開かれ、数百の同志が孔夫子を祭る釈
典にと続続と詰めかけて来た。平八郎は同志が揃ふたのを見ると、同志の
中央に出て計画が水泡に帰したことを知らせた。
『もう愚痴は必要がない、実行だ、これから直ぐに人数を纏めて、正義人
道のために起たう、諸君、お互ひに貧しいものを助けてやらうではないか。』
『よし、賛成。』
一同は双手を高く挙げた。立ちどころに数百人の胸には決死が覚悟され
わ
た。平八郎は即座に命令を下して全軍を三部隊に別けた。
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その112
幸田成友
『大塩平八郎』
その124
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