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げ ち もと とりて
奉行山城守の激しい下知の下に、三月二十七日の七つ時、多数の捕手が
ひそかに見吉屋の四方を取り卷いた。そして、惨酷にも五郎兵衛の妻を脅
しつけて、大塩父子の隠れ場所へ一同を案内させた。その物音におどろい
た格之助が、ふと窓の隙間からこの様子を見て、今はこれまでと、すぐ観
念した。
『父上、捕手。』
格之助は声をはづませて云つた。
『何、もう解つたのか。』
い か
平八郎の声は如何にも落着いてゐた。
『はい、そして、五郎兵衛の家内が縄を打たれて泣き崩れて居ります。』
『さうか、可哀さうに。』
『きつと五郎兵衛も責められたことでせう。』
『気の毒なことをした。』
『しかし、何事も因縁でございます。』
あきら
『諦めやう、格之助、覚悟はいいか。』
『父上。』
はづ
二人は互ひに抱き合つた。その時、土蔵の戸前の錠の外れる音がした。
『さあ、時が来たぞ、格之助。』
『参りませう。』
『よし。』
やきだま
平八郎は焼弾を手許へ引寄せると点火した。瞬間二人は刀を抜いて切腹
した。その時、階下にどかどかと人のなだれ込む音が聞えた。
『大塩親子、御用、御用。』
その途端、轟然たる大音響と共に爆弾が破烈した。ばらばらと壁の落ち
こ
る音、濛濛と立ち罩めた硝烟。忽ち壁の下の羽目板に火がついて、めらめ
らと燃えあがつた。
『火事。』
またた
捕手はすぐ消防に従事したが、火の手は殊に早かつた。瞬く間に土蔵か
ら母家全部が火となつた。
けたたま
半鐘が消魂しく鳴つた。
奉行跡部山城守が急を聞いて馬で駈けつけた時には、もう既に建物全部
が焼け落ちてしまつた後であつた。
早速平八郎父子の死骸を探すと、切腹した半焼の哀れな姿が灰の中から
現はれた。これが一代を風靡した快傑大塩平八郎中斎とその養子の悲壮な
最後であつた。
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その122
幸田成友
『大塩平八郎』
その159
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