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変乱への準備として、
大塩は、天保の大飢饉に際して、最初に採つた道は、自己の財産を投
出すことにあつた。彼は学者である。蔵書が最も貴いものであると同時
に、最も金目になる財産でもあつた。蔵書を売り払つて救恤することが、
第一手段として採られた。一千二百余部、代金六百五十両。
口 上
近年打ち続き米穀高値に付、困窮の人多く有之由にて、当時御隠遁大
塩平八郎先生、御一分を以て、御所持の書籍類不残御売払ひなされ、
其の代金を以て、困窮之家一軒前に付、金一朱づゝ、洩れなく都合家
数一万軒へ御施行之れあり候間、此の書付御持参にて、左の名前の処
へ梶X御申請に御越可彼成候、
但し来る二月八日朝五つ時より八つ時迄の内安堂寺町御堂筋南へ入、
東側本会所迄刻限相違なく御越可被成候、
河内屋 喜兵衛
同 新次郎
同 記一兵衛
同 茂兵衛
此の施与に当つて、施与を受けた一人一人に、天満に出火の節は必ず
駆けつけくれよと厳重に申伝へた。彼れの細心な準備である。
平八郎は又、穢多に目をつけた。
大阪は、南渡部村其他に穢多部落が沢山あるが、是等は特殊部落とし
て、人間並に扱はれなかつた。士、農、工、商、穢多、非人の階級が厳
存した。彼等穢多としての畢生の望みは、人間並の待遇を受けることで
あつた。
「智慧坊主親鸞は、此方の宗門は穢多でも差支へなし、此世こそ穢多
なれ、来世は極楽浄土の仏にして遣はすと言つたので、彼等は有難がつ
て本願寺の寄附金は、穢多が一番多く出す。頼みにならぬ来世を語つて
さへ是だから、今生に人間並にしてやるといへば、彼等は水にも火にも
入る。拙者は、平常其の心得で彼等に不憫を加へてある。」
と、大塩は人に語つたさうだが、乱を挙ぐる前年の天保七年の冬に、
其小頭を招き、村内の難渋者に与へよと、金五十両を渡し、其者には、
拵付の長脇差を与へて、さて、此辺に火災が起つた節は、穢多共を引連
れて、必ず役所へ行かずに此方へ来て働いてくれる様と約した。武器も
然るべく調製した。此の準備があつて、そして一敗地に塗れたのは何故
か、裏切者の為であつた。いかな戦略と、之に応ずる準備をしても、裏
切者に対しては何等の力も持たぬのである。
大塩平八郎の与力時代の名声、その隠遁後の学者としての偉名、細民
への施与、抑圧階級への庇護、各地方への宣伝ビラ。それにもかゝらず
失敗したのは、其の原因はいろ/\あらうが、裏切者の出たことが、最
大の致命傷であつた。もつとも、これだけの仕事をする人間としては、
裏切に対する心づかひが余りにも無さ過ぎたやうではあるが。
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越可彼成候
は
越可被成候
の誤植と思
われる
大塩施行札
坂本鉉之助
「咬菜秘記」
その3
かゝらず
かゝはらず
と「は」の
脱字か
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