大塩の乱 その1 |
---|
* | * | * |
武 士 の 本 領 | 夫武士の四民に冠たるや、治乱ともに各々、其職分を守り、能く夫々に勤労を尽し、万民をして平易に居らしめて、何れも安堵せしむるを以ての故なり。此故に上よりして夫々の身分に応じ、平日多くの秩祿を給ひ、妻子・臣妾に至る迄、其秩祿に飽満ぬるに至る。これみな君恩と先祖の武功とによる者なれば、何れも孝悌・忠信の端をも弁へ知りて、深く慎み思ふべき事なり。 |
を 論 ず |
武 士 道 の 弛 廃 |
然るに近来武道大に衰へ、多くは其本意を忘れ、常に驕を放(ほしいまゝ)にして自己の身分をも弁へず、君より賜ふ処の知行をば無用の事に費し、動(やゝもす)れば頻に肩を怒らせ臂を張りて、農商の利を奪取りて、是を己れが有とせんと思ふ輩も少なからずといふ。歎ずへき事にあらずや。斯かる輩の僻として、聊かの事にても常に反する事にても起りぬれば、其難を恐れて是を避け逃れ、其身の恥を少しも厭ふ事なき上に、先祖累世の屍迄を恥かしめて、児女の嘲を受くるに至る。浅ましき事と云ふべし。露計りにても男子らしき心有る輩は治乱ともに心を用ゆべき事なり。 別して乱に当れる時は、進みて敵に対し彼を切つて大功を立つるか、己れを切られて其節操を全うするの二つを思ふべきものなり。いか程に其命を惜み、世に長生して安逸に居らん事を思ひぬればとて、百歳の寿命を保ちぬるものにはあらず。此故に死に聊かの遅速ある計りの事なりと思ふべし。彼の異国に王たる秦始皇・漢の武帝等が死を憂ひ、生を貪らんとて種々の大戯(たわけ)を尽して、万世に不朽なる笑を残しぬるを鑑みても、是を思ひ弁ふるべき事なり。爰に神祖世を治め給ひてより昇平二百年に余れり。
| * |