Я[大塩の乱 資料館]Я
2000.12.8

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「浮世の有様 巻之六」

◇禁転載◇

九月の日次 その3

 







去る巳の年の米価貴かりし後は、困窮せる者共の人倫をも弁へざる者の妻子と見へて、老若の別なく、何れも暮過より総嫁に出づる至つて多かりしが、其後打続き凶年なるにぞ、此者至つて多く、淋しき所・賑やかなる所の別なく、暮過よりしては大に群をし、上下の別なく往来の人を引留むる抔、甚しき事なり。公儀よりも厳しく御触有りて、町々にても大に征討をすれ共、これを停止する事能はず。追へば去り引けば又来りて、飯上へたかれる蠅の如し。

先年も横堀にて総嫁を強く追払しかば、其遺恨にて材木小屋に火をつけ、船場より天満・堂島に到る迄、大坂過半焼失せし事もあれば、斯様の事を恐れぬるにや、強くも制止する事克はすして、愈々甚しくなりぬるにぞ、往来する者もこれに困れる程の事なり。

又市中にても密に売女を引入れ、之を商ふ家々も沢山なる事なりといふ。浅ましき有様にはなりぬ。

〔頭書〕玉水町加島屋久右衛門妻、出入する処の肴屋と不義をなして出奔す。町人風情とはいひながらも、是等は天下に知られし者にして、町人にては一二を争ふ程なる身分なり。この一事にても世間の風義の宜からぬ事を思ひ計るべし。

九月朔日曇。

 
 



近来金相場至て宜しからず、大抵六十一匁前後なり。これ正金にての相場なり。一朱金は百両に付五六百目も減せざれば通用せず。小判にては何程、二歩(朱)金にては何程、一歩にては何程、弍朱にては何ほど、銀一朱にては何程抔として、夫々の位に依つて高下有り。天下の宝に此の如くに甲乙有りて、下方にて私に相場を立つる事勿体なき事といふべし。

十二月中頃迄は同様の事なりしが、相場少々宜しく成り、六十二匁八分より三匁三分といふこと一両日有りしが、直に下落し下旬に至りては、五十八匁八分より九匁二分といへる相場となる。諸人之が為に大損をなす。歎くべき事なり。

 
 







米も亦少々上り気味にて廿三日仕舞相場、肥後米九十七匁五分なり。一石白米に仕立てぬれば百十匁余となる。昨年来に比すれば、価下直なる様なれ共、安き米には非ず。平年に比すれば凡二石の代銀なり。其外生木一掛四匁八分、香物一樽分九百五十文、塩一升五十八文位、総べて価下直なる物迚は少しにても有る事なく、世間一統大手詰りの様子なり。

廿八日八つ過、暴に真黒に成りて少々みぞれ降り、暫くの間大風吹く。甲山の辺にて龍天上をなす。

廿九日霰少しく降る。これ迄至つて暖なりしが、此一両日は時候に応ぜし寒気なり。

 
 








当正月に召捕へられて御預となり、薩摩の太主島津大隅守の執権職、出雲屋孫兵衛事、軽追放と成り、江戸十里四方・日光・東海道筋・山城・大和・河内・摂津・播磨・出雲御構ひにて泉州地へ追払はれ、家内の衣類・手廻りの物は妻子へ下し置かれて、其余は闕所なり。

仰せ渡されし罪の次第は、町人の身分にて帯刀を致し槍をつかせ、大勢の供廻りを引連しと、無株にして質を取りしと、物を括りたると、こは砂糖を己れ一人の益になるやうになし、多の問屋を難渋せしめ、何れも家督を奪はれし故、之が為に身上を潰せし者其数限りなし。外にも姦悪の事多しと雖も、あらはに之をいふ時は、薩摩の掛合ひとなれる故にや、物をくヽる事せしと計りの仰渡され下りし事にやといふ噂なりしといふ。 の三ケ絛なりしといふ。

前にもいへる如く、出雲にて不埒をなし、己が生れし国の住居さへなり難く、大坂に来りて姦悪をなせる曲者を、引入れるさへあるに、此者に何事も自由自在にあへかへさるゝこと、太主はいふに及ばず、一家中に於て、一人も人らしき智慧を持ちたる者なし、笑べし\/。彼家の弓矢も之にて思ひやるべき事なり。こは十二月廿九日の事なりし。

 






  十二月上旬より天満天神の神殿へ、大麦・小麦何れも穂を出し実のり しを一株づゝ中国の辺より供へ、其国にては麦みな此の如くに時ならずしてよく出来しとて、こは全く豊年の兆なりと専ら言囃しぬ。

予序有りしかばこれ見しに、大麦の方には長門国と有り、小麦の方には蔵人村惣兵衛と書記し有り。大麦は穂の勢もよろしけれども、小麦の方は余程萎れたり。こは好事の者室(むろ)にて作り出せるか、又は植木屋抔の仕業ならん。少しも不思議なる事にはあらず。

同廿四日、米仕舞相場肥後米一石九十七匁五分、越年米八十五万二千廿俵、昨年は漸く五十万には足らざりしに、之に比すれば当年は三十万俵余も多し。只来る年の豊ならん事を析りぬるのみ。

此夜五更の頃、高津新地出火にて二町計り焼失す。定めて附火ならんか、近来燃上る程には至らずと雖も、所々に差火する事其数限なしといふ。悪むべき事なり。

 
     


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