Я[大塩の乱 資料館]Я
2003.6.26

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「浮世の有様 巻之八」

◇禁転載◇

宮島騒動の忠臣蔵作替 その4












京橋口与力何かしといへる方へ訪ひしに、先年同家に召遣ひし下女、 三田出生の者なるが、其家を暇取て後、在処に帰りて縁付てありしが、此者用事有りて天神の砂持見物旁々出来る。三田辺の寺々へは大塩平八郎咋年油掛町にて自滅せしか共、何分にも一身真黒に焼焦れて、面体少しも分難く、其上平八郎は奥歯少々抜てあるに、此死骸は総歯一枚も別條なし。故に甚だ疑はしければ、今以て存生にて身を隠し、坊主抔に成りて、寺の事故入込むまじきものにもあらす、若し怪しき者出来らば早々訴出べしと云ふ御触廻りしとて、此女語りしと云ふ。

今迄身を全うして隠れ廻る程の器量有る大塩ならば、咋年の如き無謀の働き何故にかあらんや。油掛町にて真黒に焼焦れぬること、其首尾相応の事と云ふべし。大塩一味の者何某とやらんいへる者江戸に出でて、煙管屋の仕にせを買ひて隠れ居しが、召遣ひの者不審に思ひぬる事有之、此者商人になれ共算盤を少しも知らず、其国処も詳かにいはず、金銀を多く持ちぬる様子なる故、大塩が余類とは心付かざれども、盗賊にても有らんかと不審故申出でしと云ふ。町御奉行所へ内分にて申し出しにぞ、直に召捕られ有体に白状す。此の者の白状に依つて、外方に隠れ住める坊主一人召捕られしと云ふ。大坂にても先年大塩方に召仕ひし僕の、外方へ奉公して有りし者、召捕られ江戸へ引かれしと云ふ。

 










京橋与力戸田三治郎と云へる者、出入所の肴屋掛取に来りしを、払ひ難し、暫く相待つべしと断りぬるを、強ひて申受けんといひぬる故、大に憤り槍を以て追掛けしが追付き難かりしかば、鉄炮を打ちしと云ふ。此者乱心なりとて、座敷牢を作りて押込められしが、当四月町奉行の手に引渡しと成り、牢屋敷にて討首となる、大馬鹿と云ふべし。

 


「宮島騒動の忠臣蔵作替」 その3/その5
「浮世の有様」大塩の乱関係目次3

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