Я[大塩の乱 資料館]Я
2003.7.3

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「浮世の有様 巻之八」

◇禁転載◇

宮島騒動の忠臣蔵作替 その5








閏四月上旬、相州箱根大火にで町家大抵焼失す。折節土州侯同所の泊なりしに、出火故近習五六人引連れ本陣を逃出で、一町計り隔りし寺へ逃込みて、火を避けんとせられしに、爰へも飛火来り忽燃上りぬるにぞ、漸々湯本迄逃行き火を避けられしと云ふ。家来の向は何れも相隔りて別々に宿を取り、又銘々預りの道具を守り居る事故、早速にも本陣へ駈付け難く、手明の者のみ早速に駈付けしが、主人の行衛一向に相分らず、何れも大に狼狽へ廻りしと云ふ。風火殊の外烈しくして、持道具は云ふに及ばず道中金迄悉く焼失ひしと云ふ事なり。

 






同じく武州川越松平大和守城下失火有り。これも風至つて強く吹きしにぞ、以の外なる大火となり、市中残らず焼失せしと云ふ。近来は火事とさへいへば何れにても皆大火にて、焼失仰山の事なり。恐れ慎むべき時節と心得べし。

 







本願寺、持軍御代替りにつき拝礼、血判の為に江戸へ往来とも廻り道をなし、金儲けの為に所々を経巡り、富人は云ふに及ばず、婆々・嬶の銭金まで絞取つて帰りしと云ふ事なり。昔よりして怪有の宗門と云ふべし。

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四月二日晴、今夕二更頃より阿波座出火にて、南北三町・東西六町余、家数 三千余焼失し、三日申刻に至り漸々火鎮る。

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当年は閏月ありて時候おくれぬるとは云ひながらも、余りに寒過ぎる程にて、当月半に至れ共未だ綿入の重ね著をなす。され共麦の出来諸国一統に至つて宣しく、又諸侯にも西の丸御普請に付、過分の上納金する事なれば、何れも囲ひ米を多く売払はずんば、金の工面も六ケ敷からんといへる見込にて、米価も次第に下落の様子にて、肥後米一石九十三四匁、長州米一石八十八匁五分位となり、人気も大に穏になりぬるに、三月十一日頃よりは河内の道明寺・誉田八幡・藤井寺其外大和にても南都は申すに及ばず、所々に開帳ありぬるにぞ、何れも大に浮れ立ち、之に参詣する者引きも切らず。去る寅年の御蔭参の如し。

 
 


管理人註
*1 三一書房版にある文が欠落している。


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「浮世の有様」大塩の乱関係目次3

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