Я[大塩の乱 資料館]Я
2003.6.21

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『洗心洞箚記』 (抄)

その18

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

本 文

吏治学術無く、人の上に倡(とな)ふるを俟(ま)つて趨向する者は、乃ち庸常(ようじよう)なり、
人の上に倡ふるを俟たずして奮挺振励、忠を職に尽し、道を世に伝ふる者は、豪傑にあらざれば能はざるなり、
吾が師中斎先生、吏材頗る趙広漢に似る、
而て幾を知り物を愛するは、或は之に過ぐるあり、
其の理学は乃ち姚江(えうこう)に源す、
而て姚江を忌む者は天下滔(たう)々として皆是れなり、
先生嘗て人眠ること羊の如き時に於て、身を殺して仁を成すの志を立て、以て独り吏羣(りぐん)に振ひ、天下の至険を犯し、天下の奇勲を建てて身退けり、
身退きて又た将に斯文(このぶん)を以て後覚を覚(さと)さんとするなり、
是の故に其の独得する所の太虚良知の義を以て、乃ち之を書に著はし、或は生徒に授け、或は同志に伝ふ、
而て今書 肆の請に応じ、以て遂に諸(これ)を世に公示せり、
世の孝子忠臣仁人君子、之を観て以て玩味せば、則ち本(も)と姚江を忌む者と雖も、当(まさ)に必ず益々其の志を立て其の徳を明らかにする者あるべし。
然らば則ち天下無かるべからざるの書なり、
鳴呼、先生倡ふる者なきの時に当つて、独り忠を職に尽すのみならず、退くと雖も志後覚に在ること迺(すなは)ち此の如し、
然らば則ち斯人は豪傑にあらずして、而て誰をか豪傑と為さんか、
乾知等に命じて其の巻尾に跋せしむ、
乾知(たま\/)病に嬰(かゝ)り、深く思うて 而て文を綴る能はず、
故に纔に是の数字を書し、以て命に逆(さか)はざるのみと云ふ。

 時に 天保六年乙未夏四月        門人 松本乾知撰

   【原文(漢文)略】


『洗心洞箚記』目次/その17/その19

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