陋簡拝啓候、
未接紫眉候処、秋暑時節、御佳裕被成御興居奉抃賀候、
抑先頃は、間(はざま)生へ 御転托にて、高著洗心洞箚記二冊被恵、副ゆるに、真文手教を以てせられ、辱致拝受候、
真文拝復可致之処、人事紛忙、且老境精力薄相成候間、俗通書不取敢御報申述候、
御恕察被下度候、先以兼而御芳名伝承罷在、以津楚(いつぞ)は拝顔致度存居候処、此度不図御手牘に預り、御履歴且御志操之概(がい)、詳悉被仰示、披雲同様に存じ、欣聳(きんしよう)不少奉存候、
先達而間生出府之砌も、御箚記中抄出之冊子、間生より被示、今又新刻全部御恵被下、反覆致拝覧候所、毎條御実得之事共、使人感発興起不勝欣躍、拙老など可及所に非ずと奉存候、
就中(なかんづく)太虚之説、御自得致敬服候、
拙も兼々霊光之体即太虚と心得候処、自己に而太虚と覚へ、其実意必固我(いひつこが)の私を免れず、認賊為子之様に相成難認事と存じ候、
貴君精々此所御着力被成候へば、即御得力(とくりき)爰に可有之与存候、
尚も実際に御工夫被着かしと祈入候事に御座候、
扨又拙も姚学(えうがく)を好み候様被仰越候処、何も実得之事無之、赧羞(たんしう)に堪ず候、
姚江の書元より読候得共、只自己之箴
(しんへん)に致し候のみにて、都ての教授は並の宋説計(ばかり)に候、殊に林氏家学も有之候へば、其碍(さはり)にも相成人の疑惑を生じ候事故、余り別説も唱不申候事に候、
且又江都(えど)にては群侯百辟之間に周旋致し候事に候へば、何学などと申す事詮も無之、只自己にて乍不及廸哲(てきてつ)之実功を骨折、夫よりして君心之非を格(たゞ)し、遂に治務之間にも預り候へば漸々(ぜん＼／)人之家国に寸補可有之哉に存じ候、
兎角人は実を責ずして名を責候ものかと被存候、
名に而教の害を成す事少からず候へば、務而主張之念を
(さ)りて公平の心を求め度候、左候へは却而教化之広く及申候事有之哉と被存候、
返す＼／も其実無之而は、何学に而も埒明不申、たゞ自己之実を積候外無之とのみ心掛候得共、扨て十が一も存意通りに参らず、浩嘆に堪ず候、
愚意之概、聊申試候、
尚御垂教被下候、
将(はた)亦御箚記中、前人未発之條不一而足候得共、堯舜之上善無尽、殊に御年齢強壮之御事、此後幾層御長進可有之歟も不可測と、御頼敷く存候事故、申迄も無之、愈益(いよ＼／ます＼／)御深造之処翹望(げうばう)に堪ず候、
御著篇(林公へ)示し可申之旨致承知候、
未だ案上に指(さし)置き申候、
何れ見せ可申候、
左様御承知被下度候、
且又真文拝答不致候に付、雑文三篇塾生認置候儘呈覧丐正申候、
不満貴意候所は、御指摘を厭不申候、
尚追而御文通可申
(つくす)候、先づ拝復鳴謝迄如是御座候、
時下玉燭不調、為道御自保可被成候
恐惶頓首
七月朔封 佐藤捨蔵
坦（花押）
大塩平八郎様