岩波書店 1940 より
| 附録抄 |
洗心洞先生座前 杉本祐憲
平祐憲(たいらのすけのり)頓首再接拝して中斎大塩先生の梧下(ごか)に白(まう)す、
前日富獄に登り大虚を呑吐するの余興、玉趾を僻地に労し、寒第を光顧せらる、
感佩(かんはい)何ぞ極まらん、
欽(つゝし)んで以(おも)ふ長途虞(ぐ)無く、闔宅(かふたく)履吉ならん、
至恭至喜、爾後宜しく専函鳴謝すべし、
其れ旧
(あ)崇(たゝり)を為すを奈(いかん)せん、
大に相鼠(しようそ)に恥づるあり、
君子寛仁、原宥(げんいう)是れ祈る、
唯是病物(びようぶつ)格(たゞ)し難く、不才実に酔生し、漫(みだ)りに天年を保(ほ)し、而て夢死隣を為す、
斯文を瞻仰(せんぎやう)するの念、一息未だ絶えず、
先生の徳業を景慕すること此に年あり、
衰躬(すいきう)堂階に謁するも能はざるも、苟も誠の
(おほ)ふべからざるや、
辱くも愚衷を察し、過臨して且つ箚記二冊附録一冊を恵捐(けいえん)せらる、
感言ひ尽すべきに非ず、
感言ひ尽すべきにあらず、
語旧因に及ぶ、
亦た宿縁未だ朽ちず僕駑下(どか)にして此の隆情を荷ふを幸とするなり、
実に邂逅相遇ひ、我が顧に適(かな)ふ、
千載一隅なるかな、
爾時(そのとき)驚喜の至り、病思愧
(きぢく)、措詞問をを失ふを知らず、
悵恨(ちやうこん)更に良(まこと)に深し、
箚記中口授の説の如きは、知らず再問何れの歳を期せんか、
但だ是れ繙閲(ほんえつ)して手より釈(よ)く能はず、
猶日日芝宇に接するごとし、
附録を読んで先生の壮志履歴を審かにし、本録を読んで竊に造詣の深造、識見の高大を歎ず、
致良知の旨に於ては、燦然著明、青天白日なるかな、
其の太虚に帰するの説は、何ぞ其れ直切愉快、活撥撥地たるや、昔者王鳳洲・龍渓先生に答ふる書に云ふ、
陽明先生醍醐を点出す、
然れども久しく之を服し、仍(な)ほ以て酪と為せり、
翁再び一点破せしより人の咽喉の間をして甘露の快を作(な)さしむと、
僕亦た謂ふ先生の指点は咽喉の間を待たず、
先づ唇舌をして甘露の美を知らしむ、
但だ是れ此の甘露の美、徒らに快活を覚え而て未だ真に之を喫する能はず、
心疾沈痼、病物固より未だ格(たゞ)す能はず、
良知未だ致すを得ず、
(はぢ)を負ふこと万千なり、
然りと雖も苟も仰慕の誠あるなり、
君子不能を矜(あは)れみ、此の教を与(あづか)り聴かば、何の幸か之に加へん、
実に千載の一遇なるかな、
下愚の一得、固より
(ばく)たり、或は文字上の疑問は、特に他日録して左右に質さんとす、
老朽狂愚、尚衛武より少(わか)きこと三十余年、幸に大教を吝(を)しむ勿れ、
簡に臨んで悚慄(しようりつ)、懇祷(こんとう)任ふるなし、
八月二十九日、平祐憲謹んで再拝す。
杉本氏は御室宮の家士なり、俗名は主税。
【原文(漢文)略】