●わうきよ ●ばん
一三〇 横渠先生曰く、「教を受くるの心あれば、蠻
はく ● おさ
貊と雖も教ゆべし。道を為むる既に異なれば、党類
こ
と雖も相謀り難し」と。是の言先生必ず懲るるあつ
しか
て爾云ふ、而て党類相謀り難きに至るは、則ち我れ
●じ が はさ
固より同胞の仁ありと雖も、而も彼れ爾我の心を挟
んで、既に小人に陥る、故にかくの如し。賢聖に在
つても、未だ其の分隔の憂を兎るゝ能はざるなり。
而も况や我が輩に於てをや。然りと雖も自ら反して
●
以て仁の未だ熟せざるものと為し、而て真に心を尽
さき まゝ●
さば、の相謀り難きもの、亦た間化に帰するもの
あらん。而も又た甚だ難き所なり。人の仁を半途に
す まど
舎つるは、是に於て惑へる故なり。
横渠先生曰、「有受教之心、雖蠻貊可教、
為道既異、雖党類難相謀」是言先生必有懲
云爾、而至党類難相謀、則我雖固有同胞之
仁、而彼挟爾我之心、既陥於小人、故如此、
在賢聖未能免其分隔之憂也、而况於我輩
乎、雖然自反以為仁之未熟、而真尽心、則
之難相謀者、亦間有帰化者、而又所甚難
也、人之舎仁乎半途、於是焉惑故也、
|
●横渠。宋の学
者張載、前出。
●蠻貊。南蠻北
狄。
●論語に「道同
じからざれば、
相為めに謀ら
ず」とあり。
●爾我。汝は汝、
我れは我れと、
分け隔てをする。
●孟子告子上篇
に「仁も亦た之
を熟するに在る
のみ」とあり。
●化に帰す。我
が仁の感化に帰
服す。
|