山田準『洗心洞箚記』(本文)156 Я[大塩の乱 資料館]Я
2010.7.17

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『洗心洞箚記』 (本文)

その156

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

下 巻訳者註

  せつけいけん                    薛敬軒先生曰く、「太極は乃ち未だ分れざるの五  性にして、五性は乃ち已に分るるの太極なり、天下  の万善皆此より出づ」と、是れ真に道を見るの言な         せつ  り、故に簡易直截なり。而て此の字専ら太極を指す  として可なり。何となれば五性万善は、要するに皆     くわつぱつ\/  一より活として出で来ればなり。   薛敬軒先生曰、「太極乃未分之五性、五性乃已   分之太極、天下之万善、皆自此出」、是真見道   之言、故簡易直截、而此字専指太極可也、何者、   五性万善、要皆従一活出来、


薛敬軒。明初
の大儒薛前
出五性。五常の
性、即ち仁義礼
智信をいふ。


。いき
いきと盛んにな
ること。


『洗心洞箚記』(本文)目次/その155/その157

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