● じ び かん
一三六 陽明語録に曰く、一友侍す、眉間に憂思あ
かへり
り。先生顧みて他友に謂つて曰く、「良知は固よ
とほ とほ とほ
り天に徹り地に徹り、近く一身に徹る。人の一身
さはや ● ま たゞ
爽かならざるは、許の大事を須たず、第頭上に一
ぱつ かすい こんすい なん
髪下垂するも、渾身即ち不快と為す。此の中那ぞ
い ●それがし
一物を容れ得んや」と。先生又た曰く、「某良知
お ようい
の説に于いて、百死千難中より得来る、是れ容易
けんとく も
に此に見得し到れるにあらず。此れ本と是れ学者
●きうきやう わとう や た かう
究竟の話頭、己むことを得ずして人の与めに一口
たゞ
に説き尽す。但学者之を得ることの容易にして、
と ● な ぐわんろう
只だ把つて一種の光景と做して玩弄し、此の知に
こ ふ
孤負せんことを恐るのみ」と。謹んで按ずるに、
やす
先生の良知は、易きが如くして難し、難きが如く
やす
して亦た易し。前の一條を似て之を見れば、則ち
ちか ●
光景に庶し、故に易きが如し。然れども一点を心
●わうりうけい
に存せざるに至つては、則ち実に難し。王龍渓・
わうしんさい らきんけい けだ
王心斎及羅近渓三先生の学は、蓋し此れよりして
じつせん
入れり。後の一條を以て之を見れば、則ち実践よ
あま
り来る、故に難し。然れども難きを甘んじ死を忘
じ/\ばうがい やす
るれば、則ち事事妨礙あることなし、易きにあら
●せんしよざん なんずいせん らねんあん
ずや。銭緒山、南瑞泉及び羅念菴三先生の学は、
まつがく へい
蓋し此れよりして入れり。其の末学各々弊なきに
あらずと雖も、要するに其の性の近きところより
にぎ
入れり。而かも学脈を握つて、而て教を立て功を
よたく
立つるは、豈先生の余沢にあらざらんや。
陽明語録曰、一友侍、眉間有憂思、先生顧謂
他友曰、「良知固徹天徹地、近徹一身人
一身不爽、不須許大事、第頭上一髪下垂、
渾身即為不快、此中那容得一物耶、」先生
又曰、「某于良知之説、従百死千難中得来、
非是容易見得到此、此本是学者究竟話頭、
不得已与人一口説尽、但恐学者得之容易、
只把做一種光景玩弄、孤負此知耳、」謹按、
先生良知、如易而難矣、如難而亦易矣、以
前一條見之、則庶乎光景、故如易、然至
不存一点于心、則実難矣、王龍渓王心斎及
羅近渓三先生之学、蓋自此而入焉、以後一條
見之、則自実践来、故難、然甘難忘死、
則事事無有妨礙、非易乎、銭緒山南瑞泉及
羅念奄三先生之学、蓋自此而入焉、其末学雖
各不無弊、要自其性近入、而握学脈、而
立教立功、豈非先生之余沢也故、
|
●此の語、愈本・
張本伝習録に出
づ、一友の良知
に徹せざるを諭
す。
●許。此のとい
ふ如し。
●此の語陽明全
書年譜に出づ。
●究竟話頭。奥
づまつた最後の
話件。
●一種の光景云
云。良知を想像
して一種特別の
光景(ありさま)
を画き出して、
おもちやにし、
真実義なる此
の良知に背(孤
負)く。
●一点云々。第
一項の「此の中
那ぞ一物を容れ
得んや」の処。
●龍渓は王畿、
心斎は王艮、二
人共に王門の高
弟、近渓は羅汝
芳、心斎の弟子
顔山農に学ぶ、
皆何れも前出す。
三子悟より入る
に近し。
●緒山は銭徳洪、
王龍渓と共に王
子晩年の高弟、
瑞泉は南元善、
綜興の知府たり、
念菴は羅洪先、
嘉靖第一進士、
孝性あり官を罷
め益々王子の学
を尋求す、以上
三子の学は、実
践を重んず。
|