Я[大塩の乱 資料館]Я
2018.4.27

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「大塩の乱関係論文集」目次


「中斎の人格」
その4
山片平右衛門

『片つ端から−迷舟遺稿集−第1巻』山片重次 1931 所収

◇禁転載◇

 管理人註
 

尚附加へて述べ度いのは此頃の制度で、身分の出世は如何なる人材でも手腕や治 蹟では困難であつた。禄高が世襲的に定まつてゐて、功労に依つて之を増すこと は官府の会計の許さぬ処である。要職を望むに二様の目的があつて、役徳の多い 方面と、手腕を施すべき位置に就くとで、何れも其筋へ運動費を按ずる必要があ る。在野の志望ある者が手腕実行の位置を求めん為には家柄株を買求めた。即ち 持参金で吏人の家へ養子に入込んだのである。詰まりは何も彼も金づくの運動の 世であつた。殊に大阪は銅臭の最も甚しい所で、大名や旗本などの大阪在勤は大 変に金が出来たのである。其して大阪土着の与力同心などの輩も、要務即ち直接 民間に交渉ある役柄は非常な内福になつたのである。だから大阪の吏職は総じて 余り長く同職を執らさぬことになつてあつた。大名旗本など重役連で他より赴任 した者はよき程に他に転任せられ、土着の吏人は閑職に廻されたのである。大塩 が此渦中で吏海の遊泳術の拙劣であつたのは其人格の然るべき処で、又上辺で其 手腕を認めても長く同執務を扱はしめ、又はより以上に探用することは不可能の 事情もあつた。大塩は其人格や手腕の割に出世が出来ず要職に立つたことも際限 があつたのは、役人仲間で好かれたのと、嫌がられたのと何れにしても如斯内情 があつたので、之れも素より周知のことであらねばならぬが、大塩は斯んなこと には頗る迂遠であつて、其れに不満を持つた。総じて一本調子で内情を視ること が出来ぬが大塩の欠点で、此内情を識り上辺に其れ/\の運動を試みて制度の改 革を計るなどは余りに不融通で、又其れ程に人物が大きく出来てゐなかつた。吏 務交迭の不文慣習に当つて、敬遠されたる大塩は既往の事蹟によりて卓見の学者 として名声を馳せたから、知見交遊を求めて来る訪客も少なく無かつた。けれど も其独学の狭量は大塩より優れたる識見家に看破されても、唯我独尊更らに之を 覚るの明が無かつた。又大塩より劣りたる輩には当時の朱子説流行の世の中に、 眼先の変つた質実の説と至誠の人格を崇拝されて教を請ふ者少からず、天満の一 角に私学の一派を興したのである。天保度の饑饉は非常もので、路に多くの餓死 者があつたとは故老から聞いた処で、其惨状は想ひやられる。見るに視兼ねた大 塩は何とかして少しでも窮民を救ひ度くてならぬ処から悉く多年愛蔵の書物を売 飛ばして其資に充てた。何たる美拳であらう。書物は学者が唯一の宝財である。 けれども其物質的効果の乏しきは初めから知れてあつたので、大塩の心事は窮民 の惨状を傍観せる時の城代や富豪連の冷酷に激する処があつたに違ひ無い。此至 誠は時人に非常の感動を与へた。其れは大塩の予期したことかと想へるも、由来 大塩は権謀や術策は大嫌である。先づ己より投じて人に求めるが順当であるとの 見解であつたらしい。 (2) 大塩は嘗つて人に下げたことの無い頭を最も苦しい金銭問題の為めに下げて、泣 く/\市中の富豪連に窮民救済に要する費途の調達を懇請した。大塩の心事は菩 薩だが怒れば其行為は悪鬼である。大塩の熱血的懇談は同情と恐怖で迎へられ、 忽ち富豪連の承諾となつた。大塩欣然として施米の計画に着手したのである。然 るに時の城代は此事を耳にすると、何と思つたか突如富豪連へ大塩への金調禁止 の令を下した為め、折角の計画は根底より破壊されて仕舞つた。 何故城代がこんな干渉を為たのか其頃のことは権威で為ることに一切説明は要ら ぬが、城代其人としては苦しい立場があつて差止めたので誠に不得止事情であつ たらしい。其為めに城代の評判は非常に悪かつたが、江戸表より何の咎めも受け てゐぬから、跡で公認されたのである。施米の挙は公辺とは全くの無関係であつ たとしても、大塩は吏人で事柄が公共的の性質であるから、富豪連の出資は大塩 の至誠に動かされて時の事情を理解した合意上のことであつても、其頃の公私の 区別が甚だ不鮮明だから城代として後で配下の為たことに相当の責任がある。よ しや其れが義捐の名目であつても、元来大阪の富豪は天下の金穴である。仮令必 要のことでも内密の無心などとは違つて大塩の計画は堂々たる大規模なれば、高 が与力位の末吏に、民間より巨額の金銀を勝手次第に徴収する先例を開いては、 慣習本位にて情弊の盛なる世に将来如何なる弊害を生ずるやも知れぬので、大事 を採つて差止めたものと想はれる。       ***********************                        (2)此金調の目的は堂島、中ノ島にある諸蕃の貢米を購はんためらしく思     はる。

















銅臭
金銭をむさぼり、
金銭によって官位
を得るなど、金力
にまかせた処世を
卑しむ語





















































金調禁止
大坂東町奉行
跡部山城守
で城代ではない

幸田成友
『大塩平八郎』
その105


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