Я[大塩の乱 資料館]Я
2018.4.28

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「大塩の乱関係論文集」目次


「中斎の人格」
その5
山片平右衛門

『片つ端から−迷舟遺稿集−第1巻』山片重次 1931 所収

◇禁転載◇

 管理人註
 

(3) 大塩がが一応の伺ひも立てぬは確かに手落である。けれども之より先きに難波の 米倉を開いてもらい度いとの建策を為て拒まれてゐる。其拒否の理由は、難波の 倉米は軍用に備へたものであるから戦で無いことに使はれぬと言ふのである。此 頃に戦争などは夢想にも無いことで、頭の不融通も甚しい極端な杓子定規な議論 である。こんな考で、目の前に餓死者の続出を眺めてゐる連中が相手にならぬの で許可の要らぬ私拳に出たのである。 事には緩急の別あつて決断が無ければ之れに応ずることが出来ぬ。無能と有為は 茲に別れるので、其差異の衝突が事変を突発さしたのである。 貢の一件から鋭敏より焦慮に傾いてゐた大塩は、施米の拳にも公辺の無為に対す る憤慨があつた処へ、此計画の破れで頭が無茶苦茶になつて仕舞つた。悪い時代 時節に就任した城代は不良の人では無かつたが、凡型だから配下の大塩と比べら れて至極人物が引立ぬ処へ、此干渉で評判が非常に悪くなつて、大塩の声望に対 する嫉悪から窮民の困苦を無視した、などゝ有り相な僻み根生の噂迄立てられて 不平の的となつた。唯さへ饑饉の悪況に荒んでゐた市中の入気は此儘無事に治り 相にも無く、何事か起るべく凄惨の状を呈した。 市中が何となく騒々しいので、城代は一応巡視を為ることになつた。大塩方では 之れを途上に要して為す処あらんと企てた。まさかに打ち取るなどの乱暴では無 かつたらしく、唯陳述して理解を求め様との考へであつたと想はるゝが、然し斯 うなつては双方に感情が行き違ひ切つて猜疑が固まり最早手が着けられぬ。城代 は大塩方の不隠を聞いて巡視を中止し戒厳の令を発したのである。 大塩方の意気込が城代へ洩れたときは、大塩方で其洩れたことが覚られた。城代 が市中を巡視すると云ふので町々では案内やら出迎の準備に忙がしかつた最中、                   (4) 突如巡視中止の報せが伝はると同時に天満大塩邸の方向に当つて一発の砲声が響 き、炎々たる火の手が拳がつた。大塩の徒党と云ふのは年配者の側では平素から 大塩を崇拝してゐた、大阪近郊の名主、荘屋又神主などの連中で、何れも庶民か ら相当に尊敬されてゐた真面目の人達で、又少壮者の側は主もに大塩から学問の 教へを受けた役人連の息子連である。 窮民の惨状を何とかして救ひ度いとの考へは独り大塩のみでなく、心ある人々の 皆思つたことで其人達が相寄れば此話が出る。其れに動かされて大塩は書物を売 つたのである。是には時人が泣いた。あの志を想へば富豪が有り余るものを少し 出せば現場の急は救へる。少しは見習へばよいにとは誰れの心にも浮んで来る。 一層勧告して見様か、其れには先生の至誠と威望を以てするが一番有効であると のことは、大塩の親しい人達の考へもし言出しも為たことである。情理のある処 に直進した大塩は妨害を受けた。大塩の失望、四周の人物の憤慨想像に余りある。 血気熾んの人達は最早常識を亡くして仕舞つて夢我夢中に激昂して、年長者も大 塩も無意識に憤怒の激論に巻込まれて仕舞つたのである。暴拳の前か前々夜位に、 大塩の門人であつた役人の息子二人が大塩邸の塀を乗り越えて集会の席から逃げ 出し、城代の方へ大塩方の形勢を密告して其まゝ拘禁された。此二人の中一人は 吟味中に自殺し、一人は跡で放免された。又彦根の士で平素から大塩の人物に私 淑してゐた者が、運悪く集会の席へ来合せ一座の見幕に驚いて忠告の辞を発した 為めに即座で斬殺された。 誰れの発意で大砲を打つたのか、何故に火を放つたのか、其れが朝のことで前日 に大塩邸の不穏が公辺に知れてあつて鎮撫、解散、逮捕何かのことが起るべき時 刻である。機先を制して城へ押掛ける積りでるあつたものか、何処かへ立退く考 へであつたものか、四五日前に施米の号報に使ふ積りで借りて来た古物の大砲が 集団の人々の手で門前へ引き出された。此人々の中で大塩と息格之助外数名は武 装してゐたが、其外の人々は思ひ思ひの服装であつたが総人数三十名内外であつ たらしい。予てから号報で施米の知らせがあると云ふことが聞えてあつたので窮 民共が集つて来る。火の手を見て馳せ付けた者もある。忽ちの間に大塩邸の附近 は群集が雑沓した。施米が城代から妨げられた、金持達が変心した、と聾々に言 ひ出したので群集が怒号の鯨波を挙げると、其れが狂暴なる乱徒と化して市の側 に殺倒した。       ***********************  (3)難波の米倉は俗に難波の御倉と称し、其跡煙草専売局の工場となれり。            (4)大砲は高槻蕃士の有なりき。


以下
乱の経過については
あまり正しくない







幸田成友
『大塩平八郎』
その106


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