Я[大塩の乱 資料館]Я
2000.9.29

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大塩の乱関係論文集目次


「大 塩 平 八 郎」

その50

猪俣為治

『朝日新聞』1898.11.28 所収


朝日新聞 明治三十一年十一月廿八日
大塩平八郎 (六十) 猪俣生

  其十一 陰謀

抑々謀叛ハ、何等の要素を待ちて始めて成立し、何等の機会に因りて始めて発起する乎、謀叛(ぼうはん)に固有の要素なし、一たび機会にして来るあらん乎、何如なるものをも包羅して以て要素と為さゞることなし、謀叛に一定の機会なし、一たび要素にして具備せん乎、如何なる時期をも把取して以て機会と為さゞることなし、謀叛は其れ猶雷電の若きか、雷電ハ積消二気の不調和より起る、謀叛ハ其れ猶暴風の如きか、暴風ハ空気の不平均より起る、謀叛ハ時として下情の上達せざるより起り、又時としてハ上情の下達せざるより起る、旧慣悪習を破壊せんが為に起る時あり、迷信僻見を一掃せんが為に起る時あり、或ハ過去を慕ふの復古主義より起り、或ハ未来を望むの改革主義より起る、財産の偏重偏軽ハ謀叛の刺激剤なり、権勢の専有壟断(ろうだん)ハ謀叛の興奮剤なり、位地と才能との不一致ハ謀叛の滋養物なり、時忠曰く、「方今天下の人、非平族者非人也」と、斯の如き時代に於て謀叛ハ起るなり、仏国の女皇曰く、「ナニ、人民ハ餓えたりとや、何故に彼等ハパンを食はざるや」と、斯の如き時代に於て謀叛ハ起るなり、豪傑が社会の桎梏に苦しみて、自由を得んが為に崛起するを名けて謀反叛と云ふ、英雄が事無きに倦みて波を平地に起さんとするを称して謀叛と云ふ、学者ハ自己の理想を実地の上に現はさんと欲して謀反叛し、才子ハ十年磨し来れる手腕の鋭利を試みんが為に謀叛す、圧制に対する自由、不公平に対する平等、残忍に対する寛大、偏頗に対する博愛、不正に対する正義、此等の諸感情ハ謀反叛を組成する所の要素なり、無事を厭ふの念、現在に満足せざるの情、新奇を好むの意、此等も亦謀叛の要素なり、否、憤懣、嫉妬、怨恨、客気、不平、傲慢、失望、此等の諸悪念も、亦時として謀叛の要素と為らざることなし、故に謹厚なる劉文叔のみ謀叛するに非ず、「彼れ取て代る可きなり」と大呼する重瞳子も亦謀叛するなり、寛大大度の華盛頓(ワシントン)のみ謀反叛するに非ず、「該撒(シール)の時にハプルタスあり」と絶叫せしパトリツクヘンリーも亦謀反叛するなり、是に由て之を観れバ、謀叛に定説なし、身を殺して仁を為す所の志士仁人の謀反するハ、猶天下を以て自己の慾を充たさんとする処の乱臣賊子の謀反叛するが如きなり、

夫れ謀叛に定説なし、然れども亦一揆と異れり、

一揆ハ物質的なり、謀叛ハ精神的なり、一揆ハ外部より発し、謀叛ハ内部より発す、肉体の滋養分の欠乏より起るものハ一揆なり、精神の滋養分の不足より起るものハ謀叛なり、前者ハ眼前の事実に因りて起り、後者ハ一定の主義を奉じて起る、一ハ一時的なり、他ハ継続的なり、若し一揆をして行潦の水たらしめバ、謀叛ハ滾々(こん\/)として尽きざる源泉たらざる可らず、若し一揆にして原を燎くの火に比するを得バ、謀叛ハ噴火山頭より迸出する処の大火焔たらざる可らず、閣龍(コロンブス)に反抗せし水夫の計画ハ一揆なり、路易(ルイ)十六世に反抗せしダントンの計画ハ謀叛なり、兵士等が亜歴山(アレキサンダー)を打たんとせしハ一揆なり、ウエリアムテルが澳太利(オーストリー)の虐政家を殺しゝハ謀叛なり、寛永十二年に於ける肥前島原の乱ハ一揆にして、慶安四年に於ける由井正雪の乱ハ謀叛なり、承応元年に於ける別木、林等の挙ハ目して謀叛と為す能はざるも、宝暦に於ける竹内式部、明和に於ける山県大貮ハ慥に謀叛家と為さゞる可らず、世人若しトラゴンとスヒインクスの区別を知らバ、亦以て自から一揆と謀叛との区別を知るを得ん、


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