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三平は驚いた。
いよ/\
三『愈 坊主になりますかな、併し其髪の毛を切るのは惜いものですねえ』
孝『そんな事を云つて居られない、早く坊主らしく毛を切つて呉れ、貴
うま
様の毛は私が甘く切つて坊主にして遣るから』
三『こりやアどうも、飛んでもない事になりましたなア』
と云ひながら、三平は孝右衛門の髪の毛を、鋏でチヨキ/\と遣り始め
たが、今日の散髪をするやうな訳には行かない、夫れでもマアどうやら斯
ちよんまげ かは
うやらら結髪がなくなつたので、少しは人相も異ります、孝右衛門の方が
つ うち ありあは
済むと、今度は三平の髪を孝右衛門が剪みました、其中に正方は有合した
袈裟に衣、頭巾に観音経を一巻取出しました。
や
正『孝右衛門、貴様に此品を与らうが、其三平殿に遣りたくとも、モウ
袈裟や衣がないから、此処に私の着る袖無羽織と、衣代りの前掛けがある、
まと
是れを腰に纏ふて此袖無を着ると、俗人とも見えぬから、此品でも宜けれ
ば三平殿に進ぜる』
三『有難う存じまする』
ぼうず
と二人は貰つたものを着て見ると、猿にも衣裳と云つて、一寸僧侶らし
く見える、そこで両人は高野山へ登る事に取極め、其夜は同寺に於て一泊
し、翌朝になりますと、高野へ登山の道順など詳しく聞き、伯父の正方に
うち ど う
暇乞ひをして大蓮寺を出立で、凡そ二里余り道を行きます中に、如何にも
気が咎めて、人に顔を見られるやうな心持がする、三平は跡先を見て。
三『ナア申し、何だか道行く奴等が二人の顔を見るやうですが、貴下は
何とも思ひませんか』
孝『イヤ思はぬ処ではない、早く高野へ往つて了へば、モウ大丈夫だが、
ゆうべ ざ
夫れに昨夜薄暗がりの灯で、鋏を剪んだのだから、昼間見ると見られた体
ま
裁ではない、是れだから、人が顔を見るのだ、私の方は頭巾を貰つたから
ど こ
宜いやうなものだが、三平、斯うしやうではないか、何所かの村へ這入つ
て、髪結床があつたら剃つて貰はうではないか』
三『成程、コリヤ宜い処へお気が附きました』
なかほど
と云ひながら歩いて居ると、村の中央に髪結床がありましたから。
あすこ
三『髪結床がありますから、彼家で剃つて貰はうぢやありませんか』
孝『然うしやう』
と二人が入口の障子を開け。
孝『御免下され、一ツ剃つて貰ひたいもので』
と云ひながら這入つて見ると、斯ういふ村落の事で、昼間は客はありま
や あるじ
せん、髪結と云つても百姓の片手間に行つて居るので、主人は。
主『お出でなさいまし』
あん
孝『風邪を久しく引いて居て、余まり毛が伸びたが、剃刀がない
つま
ので、ツイ此弟子坊主に、鋏で剪せたら、こんな頭になりました、一ツ剃
つて下さらぬか』
三平は驚いた、弟子坊主だと云やアがる。
主『然うかな』
と云ひながら、そこは商売人だから、孝右衛門の頭を直ぐ剃つて了ひま
したから、次に三平が。
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幸田成友
『大塩平八郎』
その153
石崎東国
『大塩平八郎伝』
その121
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