Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.12.20

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その103

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第二十一席 (3)

管理人註
   

 三平は驚いた。    いよ/\  『愈 坊主になりますかな、併し其髪の毛を切るのは惜いものですねえ』  『そんな事を云つて居られない、早く坊主らしく毛を切つて呉れ、貴       うま 様の毛は私が甘く切つて坊主にして遣るから』  『こりやアどうも、飛んでもない事になりましたなア』  と云ひながら、三平は孝右衛門の髪の毛を、鋏でチヨキ/\と遣り始め たが、今日の散髪をするやうな訳には行かない、夫れでもマアどうやら斯     ちよんまげ               かは うやらら結髪がなくなつたので、少しは人相も異ります、孝右衛門の方が                        うち    ありあは 済むと、今度は三平の髪を孝右衛門が剪みました、其中に正方は有合した 袈裟に衣、頭巾に観音経を一巻取出しました。               や  『孝右衛門、貴様に此品を与らうが、其三平殿に遣りたくとも、モウ 袈裟や衣がないから、此処に私の着る袖無羽織と、衣代りの前掛けがある、      まと 是れを腰に纏ふて此袖無を着ると、俗人とも見えぬから、此品でも宜けれ ば三平殿に進ぜる』  『有難う存じまする』                              ぼうず  と二人は貰つたものを着て見ると、猿にも衣裳と云つて、一寸僧侶らし く見える、そこで両人は高野山へ登る事に取極め、其夜は同寺に於て一泊 し、翌朝になりますと、高野へ登山の道順など詳しく聞き、伯父の正方に                           うち    ど う 暇乞ひをして大蓮寺を出立で、凡そ二里余り道を行きます中に、如何にも 気が咎めて、人に顔を見られるやうな心持がする、三平は跡先を見て。  『ナア申し、何だか道行く奴等が二人の顔を見るやうですが、貴下は 何とも思ひませんか』  『イヤ思はぬ処ではない、早く高野へ往つて了へば、モウ大丈夫だが、    ゆうべ                            夫れに昨夜薄暗がりの灯で、鋏を剪んだのだから、昼間見ると見られた体 裁ではない、是れだから、人が顔を見るのだ、私の方は頭巾を貰つたから                          ど こ 宜いやうなものだが、三平、斯うしやうではないか、何所かの村へ這入つ て、髪結床があつたら剃つて貰はうではないか』  『成程、コリヤ宜い処へお気が附きました』                 なかほど  と云ひながら歩いて居ると、村の中央に髪結床がありましたから。               あすこ  『髪結床がありますから、彼家で剃つて貰はうぢやありませんか』  『然うしやう』  と二人が入口の障子を開け。  『御免下され、一ツ剃つて貰ひたいもので』  と云ひながら這入つて見ると、斯ういふ村落の事で、昼間は客はありま                         あるじ せん、髪結と云つても百姓の片手間に行つて居るので、主人は。  『お出でなさいまし』                あん  『風邪を久しく引いて居て、余まり毛が伸びたが、剃刀がない               つま ので、ツイ此弟子坊主に、鋏で剪せたら、こんな頭になりました、一ツ剃 つて下さらぬか』  三平は驚いた、弟子坊主だと云やアがる。  『然うかな』  と云ひながら、そこは商売人だから、孝右衛門の頭を直ぐ剃つて了ひま したから、次に三平が。


幸田成友
『大塩平八郎』
その153 

石崎東国
『大塩平八郎伝』
その121


『大塩平八郎』目次/その102/その104

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