Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.1.11

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その122

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第二十五席 (3)

管理人註
   

         おやこ      かくまひ  『大塩平八郎の父子の者を隠匿居る事は、既に五郎兵衛の白状に依つ て明白である、夫れゆえに、唯今召捕りに向ふたる吾々、家内の者に怪我                    ざんじ  あひだ でもあつては相成らぬから、一人も残らず暫時が間、此家を立退せせるや うに致せ』                おつと               とりて  と申し附ました、お常の方では良人が既に捕はれたので、モウ今に捕人 が向ふであらうと、承知して居りましたから、さして狼狽も致しません、 そこで奉公人等を立退せ、自分は家に残つて居りますと、彦次郎は。  『其方は平八郎の居る座敷へ往つて、五郎兵衛は今会所から呼びに来              なんどき て参りました、夫れに就き、何時役人が来るかも知れませんから、今の間      そつ                  かれら に裏口から窃と御逃げなさるが宜しからうと云つて、渠等を裏口から追出 す様にいたせ』    かしこ  『畏まりましたが、然ういふ都合に参れば宜しうございますか』                                 うしろ  と云ひながら先きに立つて、庭伝ひに離れ座敷の方へ参りますと、其後 からまづ先きに内山彦次郎と同心が二人、是れに続いて岡野小右衛門をは              あと          じめ、七人の追手の人々、其後へまた二人の同心が従いて参る、尤も此美    ぐるり 吉屋の周囲は、惣年寄今井官之助、比田小伝次、永瀬七三郎等三名の指揮  もと の下に、火消人足が大勢、火消道具の用意をして取囲んで居ります、是れ は平八郎が火薬を持つて居ると云ふ事が知れてございますから、火を放つ た時の用心でございます。                  いひつ  扨て美吉屋の女房お常は、彦次郎に吩附けられた通り、細道伝ひに平八  おやこ                 きは                        しづ 郎父子の潜んで居ります、離れ座敷の切戸の際へ参り、いつもの如く徐か に戸をコツ/\と叩きますと、平八郎は斯ういふ事があらうとは、神なら ぬ身の少しも知らず、五郎兵衛が来たのだらうと思つて、何の気もなく、                    うしろ 切戸を開け、ヒヨイと顔を出すと、お常の後に、まだ人の居る容子、ハツ                       もと と思つて戸をぴつしやりと閉めました、彦次郎は素より平八郎の顔を知つ         うしろ て居りますから、後を振向き、予て合図と定めたる左の手を高く差上げま した、岡野小右衛門は心得て。  『ソレ、取逃さぬやうに』                                 から  と云つて進まうとしたが、何分道が狭くツて、我より先きに居る者と身                 いら 体を入代る事が出来ない、そこで気を焦つて。  『戸を叩き破つて進め進め』                                うち  と下知いたしましたので、彦次郎が力を籠めて、切戸を押して居る中に、                                 けむ ズドーンと火薬を火に投じた音がするかと思ふと、戸の隙間から怪しき烟 りを吹出した、イヤ如何も焔の煙だから堪まりません、ソレ打壊せと漸 くにして切戸を打破つて大勢が込み入りました時には、モウ火は一面に廻 つて居りまして、猛火の中に大塩平八郎は、突立つたるまま脇差を引抜き、  のんど                        そば 我咽喉を横に貫いて居るやうであるが、火勢の強い為めに傍へ立寄る事が       うち 出来ない、其中に火消の者等は、充分に消防の手筈がしてありましたから、 他へ延焼をさせず、此隠居所一軒を焼いて、全く火を消止めました、少し             さしづ 下火になると、小右衛門が指揮をいたし、平八郎父子の死骸を捜させます                 くろこげ と、同じ場所ではないが、坊主頭で黒焦になつつた死骸が二ツありました             なか/\ から、取出さうとしたが、却々、まだ傍へは立寄る事が出来ません、内山 彦次郎は。


幸田成友
『大塩平八郎』
その160 
その193 

中瀬寿一他
「『鷹見泉石日記』
にみる大塩事件像」
その4 


『大塩平八郎』目次/その121/その123

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