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番『サア何になさるのでございませう、私にはさつぱり分りませんが、
旦那様、こりやアひよつとすると、一朱銀の相場が上るのぢやありますま
いか』
などゝ不審を立てゝ居る家もある位、さて二月八日の当日に相成ります
ま うち
と、未だ夜の明けない間から、喜兵衛を始め河内屋一家の者や、番頭手代
丁稚に至るまでが、安堂寺町御堂筋を南へ入りました処の東側にございま
ほんや いくつ
す、書籍商の会所へ参りまして、空の金箱を幾個も並べて、其中へ一朱銀
たすき
を百両ばかりづゝ打明け、マサカ鉢巻は致しませんが、襷掛けになりまし
なんどき
て、何時来ても引換へらるゝやうにして待つて居りますと、まだ六ツ時に
もならない前から……六ツ時と云ふのは、矢張り今日での午前六時でござ
いますが、モウ今日の五時頃から、本会所をさして押寄せてまゐります、
と き うんか
貧民等は、ワイ/\/\と鯨波を作つて雲霞の如く集まりました、尤も其
ころほひ
頃比は御堂で明六ツの太鼓を打ちますから、其時太鼓を合図にして、会所
の入口を開け、格子の間を外し、大勢の男は寄せ来る貧民を制しながら。
男『静かにして下さい、静かに/\、然う一時に出したつて、引換へら
れません』
か
と声を嗄らして制して居りますが、なか/\静まりません。
○『ヘイ有難うございます、此処へもどうぞ……』
こつち
△『ヘイ此方へもお願ひ申します』
□『ヘイ私にも』
◎『ヘイ此処にも一人』
きつて
と騒いで居る、強くて気の利いた奴は、人を押退けて証券を一朱と取換
へて貰ひますが、女子供や気の弱い男は、然うはまゐりません。
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その103
幸田成友
『大塩平八郎』
その111
「大塩施行札」
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