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したゝ
大塩平八郎は精神を籠めて書認めました檄文を、一同の者に見せました
かたづ
時には、其一室に集まつて居りました十数名の者は、いづれも堅唾を呑み、
しはぶ
拳を握つて咳き一ツする者とては無い位、シーンとして静まり返つて居り
ました、尤も声を上げて読み聞かせるのではない、一人づゝ口の中で読ん
をは
で、読み了ると次から次へと廻すのだから、大分時間がかゝります、平八
郎は一同の読み終るのを待つて。
平『此檄文も矢張り版に彫らせて、印刷をさせねばならぬが、もしや其
職人共から洩れては一大事でござる、儀左衛門殿、どうしたものであらう
か』
庄司儀左衛門に相談をすると。
うかつ いひつ
儀『いかにも漏洩の恐れがございますから、迂闊な者に吩咐けられませ
とても
ん、と云つて一々是れを書くと云ふ事は、到底出来ませんから……』
かたは
と暫らく考へて居りますと、傍らから吹田村の宮脇志摩が。
あ きつて
志『先達て貧民共へ施行をした時に、彼の証券を彫らせたのは、河内屋
は ん や
喜兵衛方へ出入をする、彫刻師だと承つたが、今度もまた其物に命じては
いかゞ
如何でござらうか』
平『成程、是れは好い考へだが、併しながら草稿を職人等の手に渡して、
自宅で彫刻をさせては、漏洩の恐れがあつて安心がならぬから、其職人を
やしき
此邸へ呼び附けて人目にかゝらぬ処で彫らせる事にいたさう、兎も角も一
い
枚の板木では可けないから、草稿を二枚認めるが宜からう』
と平八郎は一座の人々を見廻しまして。
平『済之助と図書の両人は、此通りを一枚づつ、版下に書いて呉れるや
うに』
と瀬田済之助と安田図書の両人を指名しました、瀬田は東組与力の中で
おんし
も能筆、また安田と云ふのは、勢州山田、外宮の御師の忰でございまして、
是れも字を書く事が達者でございます。
両人『委細承知仕りました』
と両人は座を立つて、別室で版下の草稿を認めにかゝりました。
儀『夫れでは先生、河内屋喜兵衛へ方の使を遣りませうか』
平『左様にいたさう、格之助、三平でも岩蔵でも宜いから、此処へ呼ん
で来るが宜い』
格『ハア……』
と云つて格之助は勝手の方へ行きましたが、直ぐに杉山三平と云ふ若者
を連れて参り。
格『岩蔵は居りませんから、三平を呼んで参りました』
三『先生、何処かへお使ひに参りますので……』
平『其方、本屋の河喜を存じ居るであらう』
三『ヘイ存じて居ります』
平『其河喜へ往つて来て呉れい』
と云ひながら、さら/\と書状を認め。
平『此状を喜兵衛に渡して、返辞を聞いて参れ』
かしこ
三『畏まりました』
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その109
幸田成友『大塩平八郎』
その98
「大 塩 檄 文」
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