Я[大塩の乱 資料館]Я
2006.10.15

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大 塩 平 八 郎 』 その128

幸田成友著(1873〜1954)

東亜堂書房 1910

◇禁転載◇


 第三章 乱魁
  四 悲劇 (4)
 改 訂 版


遺書   

其大意に、区々たる一包裏の汗血は数十年ならずして衰竭に就く、 されば今日忠孝の具たるを併せ得たる我は天下の幸甚人である、 噫慷慨難に赴くは易く従容義に就くは難し、明智光秀の宇野某に 於ける、将門の六郎公連に於ける、身首を異にするも遂に能く其 心をにせしむる能はず、人世詩本粉本の称ありといふべしとあつ た、良之進は吃驚して、尚よく事情を聞糺さうとする中に、矩之 允は便所へ立ち、又塾外では大井正一郎と安田図書との話声が聞 える、先生の御申付により矩之允殺す、若し逃出すやうなことが あつたら取押へてくれろとの正一郎の声音だ、彼は慌てゝ便所へ 赴き、右の次第を告げると、承知して居る、最早立退く隙もない が、正一郎を出抜き、今一度平八郎に面会したく、隠れて居る次 第、其方は見咎められざるやう立退けと言はれたが、師匠の大事 と良之進は猶予決しかねてゐると、矩之允の為を思はゞ早々立退 き、最前の碑文を権之進に渡してくれよ、然らずば我が潔白の心 事も知れ難く、残念なりと再三の言葉に、漸く気を取直して塾中 に取つて還し、混雑に紛れて裏口から抜出した、正一郎は図書と 相談の上彼を塾外に見張番とし、自分は進んで便所口に待つて居 たが、一向矩之允が出て来る気合の無いので、刀片手に戸を明け ながら、先生のお差図と声をかけ、立上つて来る矩之允の胸元を 刺し、蹌踉く所を斬付け、乗掛つて止を刺し、短之允を討留めた りと高声に呼はつた、乱後短之允の屍を検視したら、疵所は百会 の後竪に六寸程切疵一ケ所・臍の上より背へ一寸程突疵一ケ所・ 咽喉に弐寸程・左の腕に一寸程突疵ニケ所であつたといふ、辛う じて裏口から抜出した良之進は正一郎の声を聞き、師匠の敵其儘 に置難しと思へど、遣言の旨も黙止し難く、一途に京都へ駈付け、 廿日陸奥之助の手許から詩集を受取り、翌廿一日彦根へ赴き、権 之進に面会して一部始終を物語り、碑文詩集を渡したといふ。

その大意に、区々たる一包裏の汗血は数十年ならずして衰竭に就 く、今日忠孝の具たるを併せ得たる我は天下の幸甚人である。噫 慷慨難に赴くは易く、従容義に就くは難し。明智光秀の宇野某に 於ける、将門の六郎公連に於ける、身首を異にするも遂に能くそ の心をにせしむる能はず、人世詩本粉本の称ありといふべしとあ つた。良之進は吃驚して、尚よく事情を聞糺さうとする中に、矩 之允は便所へ立ち、塾外では大井正一郎と安田図書との話声が聞 える。先生の御申付により矩之允殺す、若し逃出すやうなことが あつたら取押へてくれろとの正一郎の声だ。彼は慌てゝ便所へ赴 き、右の次第を告げると、承知して居る、最早立退く隙もないが、 正一郎を出抜き、今一度平八郎に面会したく、隠れて居る次第、 その方は見咎められざるやう立退けと言はれた。然し師匠の一大 事と良之進は猶予決しかねてゐると、矩之允の為を思はゞ早々立 退き、最前の文章を権之進に渡してくれよ。然らずば我が潔白の 心事も知れ難く、残念なりと再三の言葉に、彼は漸く気を取直し て塾中に取つて還し、混雑に紛れて裏口から抜出した。正一郎は 図書と相談の上彼を塾外に見張番とし、自分は進んで便所口に待 つて居たが、一向矩之允が出て来る気合の無いので、刀片手に戸 を明けながら、先生のお差図と声をかけ、立上つて来る矩之允の 胸元を刺し、蹌踉く所を斬付け、乗掛つて止を刺し、短之允を討 留めたりと高声に呼はつた。乱後短之允の屍を検視したら、疵所 は百会の後竪に六寸程切疵一ケ所、臍の上より背へ一寸程突疵一 ケ所、咽喉に弐寸程、左の腕に一寸程突疵ニケ所であつたといふ。 辛うじて裏口から抜出した良之進は正一郎の声を聞き、師匠の敵 棄置き難しと思へど、遣言の旨も黙止し難く、前に一足、後に一 足、遂に思切つて一目算に京都へ駈付け、二十日陸奥之助の手許 から詩集を受取り、翌廿一日彦根へ赴き、権之進に面会して一部 始終を物語り、遺文及び詩集を渡したといふ。


田中従吾軒「大塩平八郎の話」「再び大塩平八郎に就て
『浪華姦賊罪案』その58


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