Я[大塩の乱 資料館]Я
2016.4.12

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』 その13

国府犀東(1873-1950)

(偉人史叢 8)裳華書房  1896

◇禁転載◇

英雄老と英雄漢(2)

管理人註

















近藤守重
と大塩平
八





















英雄老と
英雄漢

長剣短袍、筆を投して万里封侯を期し、朝に槊を横へて、択捉の海風に嘯き、 夕に兜を手にして、樺太の寒月に吟したる、老雄近藤守重は、端なく文政二 年を以つて書物奉行より転して大坂弓奉行となり、浪華黄塵万丈の底に堕ち 来れり、此の時守重は齢方さに四十九、而して平八郎は尚ほ二十六歳の青年         ・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 黄口の児なりき、而かも平八は相見て取て下らさるなり、其の下風に立つを ・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ 屑とせざるなり、渠れの眼中には固より守重なきなり、渠れは却つて守重を ・・・・・・ 下瞰するなり、然れども守重の名声や、夙に一代に藉々たり、渠れか守重と、 一たひ相遇ふて共に胸中の奇を比するを望みたるは、固より其の所、渠れは               ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・ 竟に意を決して守重を訪へり、尊大自ら持するの老英雄と、傲岸自ら高ふす ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ るの少英雄とは、今や将に一堂の上に会して、談笑の間に其の肝膈を抛ち、 共に其の奇気を較せむとす、這裏如何の消息かある、友人長田偶得氏が、筆 端風生、這裏の機を泄らしたるを見よ、  一夜其門を叩きて面会面会を請ふ、頓て一人の老僕出て来りて、此方へと  の案内に連れ書院に打通りて、設けの座に着きぬ、されど主人は何地へ行  きけん、遅てとも/\其咳声だに聞えず、燭涙堆をなして、更漸く蘭なり、  平八郎兼てより重蔵の傲慢人を蔑にすることを聞き知りしかば、別段心に  も懸けざりしかど、余りの待遠しさに腹立しく、偖こそ聞きしに優る無礼  の曲者なれと独語しつゝ、不図四辺を見廻せは床間に百目砲あり、主人の  愛蔵と覚ほしく、製作頗ふる美、銃身爛として灯火と相射り、硝薬も亦備      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・  はれり、平八郎大に喜びいで傲慢者の荒胆挫き呉れんと、鉄砲取つて硝薬  ・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  を装ひ、火蓋切つて放ては、轟然として百雷の墜下せる如く屋壁震動し、  ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・  硝烟室内に充ち満たり、重蔵静かに襖押開かせ、左手に烟草盆を提け、右  ・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・  手に烟管を把り、悠々として座に着きて曰く、一発の御手並感心仕ると、  相見の礼畢りて、直ちに酒杯を喚ぶ、                               ・・・・  既にして重蔵故らに、一鍋を平八郎の坐側に置きて賞味を請ふ、何心なく  ・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  蓋を撤すれは、個はそも什麼に一個の鼈蠢々として鍋底に蠕動し居れり、  ・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・ ・・・・・・・・  平八郎少しも驚きたる色なく、呵々と打笑ひ、好下物、遠慮なく頂戴仕ら  ・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・  んと、小柄を抜きて其首掻き切り、血を啜りつゝ痛飲しければ、流石の重  ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・  蔵も其気胆に服しけん、これより互に相往来して、交情極めて親密なりき  ・・  とぞ、


(ほこ)

嘯(うそぶ)き




方(ま)さに




渠(か)れ







肝膈
(かんかく)
本心

抛(なげう)ち

這裏
(しゃり)
その間

泄(も)らし

雄山閣編
「大塩平八郎」
その10


(たけなわ)


(なすがしろ)















畢(おわ)りて

什麼(いんも)
どのように

(すっぽん)

蠢々
(しゅんしゅん)
少しずつ動く
さま

呵々(かか)

好下物
(こうかぶつ)
酒のさかな


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