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平八郎の交友は決して多くはない。知名の士としては、頼山陽、近藤重
蔵、猪飼敬所、足代弘訓等を数ふるのみである。唯近藤重蔵とは意気投合
するものがあつた。嘗て重蔵の弓奉行として大阪に在りし時、平八郎、往
いて之を訪れた。長田偶得氏著近藤重蔵中に左の一節がある。云く、
初め平八郎、重蔵の名声を聞き、一たび相見て胸中の奇を問はんと欲し、
一夜其門を叩きて面会を請ふ。頓て一人の老僕出で来りて、此方へとの
案内に連れ、書院に打通りて、設けの座に着きぬ。されど主人は何地へ
行きけん、遅てども/\其咳声だに聞えず。燭涙堆をなして、更漸く闌
なり、平八郎兼てより重蔵の傲慢、人を蔑にすることを聞き知りしかば、
別段心にも懸けざりしかど、余りの待遠しさに腹立しく、偖こそ聞きし
に優る無礼の曲者なれと独語しつゝ、不図四辺を見廻せば床間に百目砲
あり。主人の愛蔵と覚ぼしく、製作頗る美、銃身爛として灯光と相射り、
硝薬も亦備はれり。平八郎大に喜び、いで傲慢者の荒胆挫き呉れんと、
鉄砲取つて硝薬を装ひ、火蓋切つて放てば、轟然として百雷の墜下せる
如く、屋壁震動し、硝煙室内に充ち満ちたり。重蔵静かに襖押開かせ、
左手に烟草盆を提げ、右手烟管を把り、悠として座に着きて曰く、一発
の御手並、感心仕ると。相見の礼畢りて、直ちに酒杯を喚ぶ。
既にして重蔵、故らに一鍋を平八郎の座側に置きて賞味を請ふ。何心な
く蓋を撤すれば、個はそも什麼に一個の鼈 蠢々として鍋庭に蠕動し居
れり。平八郎少しも驚きたる色なく、呵々と打笑ひ、好下物、遠慮なく
頂戴仕らんと小柄を抜きて其首を掻き切り、血を啜りつゝ痛飲しければ、
流石の重蔵も其気胆に服しけん、これより互に相往来して、交情極めて
親密なりきとぞ。
尚ほ平八郎の最も尊重せし知己は頼山陽であつた。自ら弁じて曰く、
余善 山陽 者、不 在 其学 、而窃取 其有 胆而識 矣。
後山陽が血を吐き病革るや、平八郎は京師に赴き、之れを訪れしが、その
時既に山陽は此の世の人ではなかつた。平八郎、山陽を迫慕して曰く、
知 我者、莫 山陽若 也、知 我者、即知 我心学 者也、雖 知 我心学
則未 尽 箚記之両巻 、而猶如 尽 之也、
と。山陽又曾て平八郎に謂つて曰く、
兄之学問、洗 心以内求、如 襄者、外求以内儲、而作 詩、而属 文、如
相反 然。
と。蓋し両者の学同じからずといへども、その交情深く、而して平八郎の
山陽を敬重せる状、想見すべきものがある。
次に平八郎の門下を見るに、宇津木靖、湯川麑洞、松浦誠之、湯川幹、
松本乾知、但馬守約、橋本貞、白井履、磯矢信、岡本維純、渡辺漸、分部
復、志村善継、林中久、河田白斎、田結荘千里、分部簡斎、秋田精蔵、田
能村直入等がある。
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幸田成友
『大塩平八郎』
その83
井上哲次郎
「大塩中斎」
その13
鼈
(すっぽん)
鍋庭
「鍋底」か
山田 準
『大塩中斎』
その36
湯川幹と
湯川麑洞
同じ人物
但馬守約と
田結荘千里
同じ人物
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