Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.7.16

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「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」
その10

雄山閣 編

『類聚伝記大日本史 第10卷』 雄山閣 1936 収録

◇禁転載◇

 四 平八郎の知友及び門下

管理人註
   

 平八郎の交友は決して多くはない。知名の士としては、頼山陽、近藤重 蔵、猪飼敬所、足代弘訓等を数ふるのみである。唯近藤重蔵とは意気投合 するものがあつた。嘗て重蔵の弓奉行として大阪に在りし時、平八郎、往 いて之を訪れた。長田偶得氏著近藤重蔵中に左の一節がある。云く、  初め平八郎、重蔵の名声を聞き、一たび相見て胸中の奇を問はんと欲し、  一夜其門を叩きて面会を請ふ。頓て一人の老僕出で来りて、此方へとの  案内に連れ、書院に打通りて、設けの座に着きぬ。されど主人は何地へ  行きけん、遅てども/\其咳声だに聞えず。燭涙堆をなして、更漸く闌  なり、平八郎兼てより重蔵の傲慢、人を蔑にすることを聞き知りしかば、  別段心にも懸けざりしかど、余りの待遠しさに腹立しく、偖こそ聞きし  に優る無礼の曲者なれと独語しつゝ、不図四辺を見廻せば床間に百目砲  あり。主人の愛蔵と覚ぼしく、製作頗る美、銃身爛として灯光と相射り、  硝薬も亦備はれり。平八郎大に喜び、いで傲慢者の荒胆挫き呉れんと、  鉄砲取つて硝薬を装ひ、火蓋切つて放てば、轟然として百雷の墜下せる  如く、屋壁震動し、硝煙室内に充ち満ちたり。重蔵静かに襖押開かせ、  左手に烟草盆を提げ、右手烟管を把り、悠として座に着きて曰く、一発  の御手並、感心仕ると。相見の礼畢りて、直ちに酒杯を喚ぶ。  既にして重蔵、故らに一鍋を平八郎の座側に置きて賞味を請ふ。何心な  く蓋を撤すれば、個はそも什麼に一個の鼈 蠢々として鍋庭に蠕動し居  れり。平八郎少しも驚きたる色なく、呵々と打笑ひ、好下物、遠慮なく  頂戴仕らんと小柄を抜きて其首を掻き切り、血を啜りつゝ痛飲しければ、  流石の重蔵も其気胆に服しけん、これより互に相往来して、交情極めて  親密なりきとぞ。  尚ほ平八郎の最も尊重せし知己は頼山陽であつた。自ら弁じて曰く、  余善山陽者、不其学、而窃取其有胆而識矣。 後山陽が血を吐き病革るや、平八郎は京師に赴き、之れを訪れしが、その 時既に山陽は此の世の人ではなかつた。平八郎、山陽を迫慕して曰く、  知我者、莫山陽若也、知我者、即知我心学者也、雖我心学  則未箚記之両巻、而猶如之也、 と。山陽又曾て平八郎に謂つて曰く、  兄之学問、洗心以内求、如襄者、外求以内儲、而作詩、而属文、如  相反然。 と。蓋し両者の学同じからずといへども、その交情深く、而して平八郎の 山陽を敬重せる状、想見すべきものがある。  次に平八郎の門下を見るに、宇津木靖、湯川麑洞、松浦誠之、湯川幹、 松本乾知、但馬守約、橋本貞、白井履、磯矢信、岡本維純、渡辺漸、分部 復、志村善継、林中久、河田白斎、田結荘千里、分部簡斎、秋田精蔵、田 能村直入等がある。



幸田成友
『大塩平八郎』
その83





井上哲次郎
「大塩中斎」
その13





























(すっぽん)

鍋庭
「鍋」か









山田 準
『大塩中斎』
その36




























湯川幹と
湯川麑洞
同じ人物

但馬守約と
田結荘千里
同じ人物
 


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