山陽と最
終の会歓
をなす
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越へて一年を経て、天保三壬辰の歳四月、久太復た澱江を下り、来つて平八
の洗心洞に過きる、酒を置いて高談互に胸襟を披らく、主客醺然とし酔ひ、
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花気簷端を圧す、久太は酔瞼を張りながら、語りて言いけらく、卿の学問は
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心を洗ふて内に求め候に、某は外に求めて内に儲へ候で、而して詩を作くり、
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而して文を属することに候、趣意にこそ候へとて、平八かものせる古本大学
刮目の稿本を見むことを求めければ、平八は直ちに出だして之を示しけるに、
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坐に其の綱領を読み畢りて、是れ一家の言には候はず、昔儒格言の府にこそ
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候へ、某不敏には候へど、之れが序文作くり候はむと言ひければ、平八そは
辱なし、他日卿を煩はし候はなむとて復た未刻の剳記若干條を出だして示し
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ければ、久太取りて之を読み始め読み来り読み去り、はや其の半を過ぎてこゝ
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に日は暮れぬ、全き巻は読み尽さで畢りぬ、久太剳記を坐に置きながら、不
幸にして唯今之を閲読し候儀には参らず、其の上梓の日を待ち候で、委細御
評論申さむ、さりながら、今拝見致せる條々、凡へて聖学の奥に於いて、聊
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かも間然する所なく候は、敬服の至にこそ候へとて、酔歩蹣跚として夕陽の
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影、平八が門をば辞し去りぬ、此の日久太頗ふる去るを惜み、情緒綣たる
もの平生に異りしと云ふ、其の明月即はち五月久太血を咯き病革まる、平八
直ちに洛に上りて其の家に到る、到れば則はち久太其の日を以つて簣を易へ
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たりと云ふ、平八悲哀骨に透り、大に久太を哭して帰りける、然らばに一
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堂觴酒の際、其の特に情緒の綣たるものありしは此の永訣の兆なりしか、
平八は一つの益友を失へり、一代の英髦たる一知友を失ひたり、其の特に久
太に於いて交情の密なるものありしに睹は、其の哀み痛むこと、はた如何ば
かりなりしぞや、世に久太と平八とがかくまで親しかりしは不思議なりと思
ふものもあるべけれど、そは怪むべきにもあらず、平八か自ら語る所を聞け、
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幸田成友
『大塩平八郎』
その83
簷端
(のきば)
咯(は)き
簣(あじか)
易(か)へ
益友
交わってために
なる友人
英髦
(えいぼう)
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