Я[大塩の乱 資料館]Я
2016.6.7

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』 その63

国府犀東(1873-1950)

(偉人史叢 8)裳華書房  1896

◇禁転載◇

知友に一代の翹楚多し(11)

管理人註
    

名にし負ふ鰐津の険所、風なきときも渦まく波の惨まじきに、此の大風に撃                   ・・・・・・・・・・・・ ・・・ たれては、其の惨まじさ言はむ方なく、地は裂け天は劈かれなむと、荒れに ・・ ・・・・・・ ・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・・・ ・・・ 荒れ、立つ大浪小浪、さてはと、蓬窓推し開けば、こは怎麼如何に、颶母の ・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・ 風は南より北より両面吹き軋りて、帆の腹表裏饑飽定まらず、舟進むかと見 ・・・・・・・・・・・・  め て ・・・・ ・・・・・ ・・・・・ ・・ れば又た退き、弓手に傾き、左手に昂がり、踊るが如く、舞ふが如く、飛沫 ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・ は躍つて蓬窓に入り、舟いまはゝや覆りなむと覚えられければ、舟人今は詮 ・・・・ 術もなし、某此の風に心づきて、早く避くることをも知らず、此の如くに立 ち至り候は某の過ちに候、今は詮術も候はず、御心せさせ玉はれと、はや死            ・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・・・・ を決したる面持なれど、流石の平八、少しも騒がず、汝のこゝ来にけるも、 ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・ 我等がこゝに来にけるも、共に天命なるべければ、騒ぐに及ばず、たゞ天命 ・・・・・・・・・・ ・・・・ に任かせ候へなむとて、神色自若、この時平八が門生も、家僮も、はや酔へ るが如くに眩倒して面色土の如とく、半は死人に似たりけり、平八さて思ふ                           ・・・・・・・・ 様、良知の学を修めたる我れ、こゝ一奮発のところぞと、堅く坐りて動きも ・・・ ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・ 遣らず、いかに逆浪寄せればとて、いかに旋風軋ればとて、坐り込むだる平 ・・ ・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ 八郎、瞑目叉手、膝をも崩さず、脊梁骨を衝き立て、十方坐断天をも忘すれ、 ・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・ 地も忘すれ、我をも忘すれ、身も忘すれ、波も風も忘れ果て、懼るゝ念も、 ・・・・・ ・・・・・ ・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・ ・・・ 憂ふる念も、共に忘れて、凝然動かず、ふと目を開けは、奇なる哉、荒れた ・・・ ・・・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ ・・・ る風も、逆巻く浪も、今は静まり跡もなし、たゞ軟風のすが/\と、帆馳る ・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 舟を吹き送り、坂本近く寄る舟の、上へに平八たゞ一人、座をも崩さで坐は ・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ ・・・ るよと、平八自らあきれ果てゝぞ居たりけり、浦風負へる帆の上に、今や落 ・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ちむとする夕日影薄暗くほの照るは、平八が夢の中にて、舟坂本に着く頃は、 ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ 夕陽全く西に落ち、夜も早や二更の頃なりれる、舟人は言ふも更なり、門生 も、家僮もともに辛ふじて、命拾へる心地せり、皆々ともに恙なく助かりけ るを打ち欣び、よう/\に起き出でゝ、坂本の駅にぞ宿りける、


山田 準
『大塩中斎』
その35


劈(つんざ)かれ







詮術
(せんすべ)


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