富豪連合
義捐の策
成らず
王畿賑窮
策窮民救
拯策を如
何せむ
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此の期図を抱ける平八、何かは以つて躊躇すべき、其の儘出てゝ、鴻池、三
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井の主人指して駈け行きたり、然り而して、平八が一大期図たる王畿賑恤、
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窮民救拯の策は、不幸にして亦た富豪大賈の連合義捐を見るに及ばして、空
しく画餅に帰したりけり、鴻池も、三井も、凡へての富豪大賈は、今や奉行
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が平八の封事を採用せざると聞けり、奉行と平八とは、 柄相い容れすと聞
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けり、奉行は権力を有し、平八は威力を有す、一は法律的制裁を有する権力
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なり、一は道徳的制裁を有する威力なり、法律的の制裁は眼前に逼り、道徳
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的の制裁は不可視的なり、一指目前在。泰山不可睹。右を取らむか、左を採
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らむか、甲を撰はむか、乙を択はむか、果然として彼等は法律的制裁を有す
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る、奉行の権力に畏伏したり、彼等は平八を翼助し、賛成するに於て、如何
なる奉行の逆鱗に触れ、赫怒に逢ひ、如何なる法律的制裁を受け、如何なる
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刑辟に遇ひ、如何なる苦痛に遭はむかを慮れり、躊躇決せざる彼等は、終に
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平八の策を翼助し、賛成するを拒まむとせり、而かも断然之を拒むは、なし
得べきにあらず、 きに業已に同情を表し、同意を示し置きながら、今に拒
絶するは彼等争でかなし得べき、其の名に服し、其の威に伏する彼等争でか
平八の面前に、男らしく拒絶の意を語り、其の実情を打ち明くるの勇気あら
むや、彼等は鼠の如くに遁れむとせるなり、言を左右に托して決せざるなり、
以前と全く打て換はりたる気色見て取る平八、争でか怒らでや止むべきぞ、
平八は赫として、町人共の言を二三にし、一身一家の私禍を畏れて、国家民
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人の危窮を救ふをなさず、漫に奉行の下に平伏するの懦弱なるを憤り、今は
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天下に我が御方として、此の重大なる切望なる王畿賑恤窮民救済の策を賛成
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し、翹翼し呉るゝものは亦た見るべからず、吁吾が道非なるかな、吾れ安く
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にか適帰せむと、今や平八は外に向つて其の策の実行を賛成し、翹翼するの
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御方を覓むるを止めたり、平八は茲に内に向つて其の順良なる、剛果なる、
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団結力あり、活動力ある、御方を其の御跟下に向つて発見せり、果然として
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平八は其の洗心洞三千の子弟を駆つて、叱咤 、其の賑恤策を実行せむと
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するなり、而かも平八はたとへ牢騒不平、 の気溢らすところなしと雖ど
も、未だ直ちに叛旗を翻へして、二万の民戸を一炬に附し去るの志ありしに
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もあらざるなり、彼れは此の堅固なる御方に信任して、一朝事あるの日、自
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己の学問に殉し、自己の良知に殉せむとは決心し居たるなり、而かも奉行の
姑息なると、富豪の冷淡なるとは、平八が固より憤懣傍観するに禁ぜざると
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ころ、平八は今や満腔の沸騰せる烈 を抑へて、冷静に、恬澹に、洗心洞の
教育に、専心一意、従事鞅掌せり、
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幸田成友
『大塩平八郎』
その102
逼(せま)り
刑辟
(けいへき)
刑罰
吁
(ああ)
覓(もと)め

(いんお)

(こうそう)
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