平八父子
自ら焚死
す
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而して機密は針小の穴隙より泄れたり、沈静は毫微の 間より破れたり、一
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小婢の言は、直ちに英雄を殺ろすの寸鉄となれり、見吉屋の下婢一日間を請
ふて父母を平野郷に省す、偶ま郷中の父老、集つて凶歉の事を談す、米穀窮
乏如何はせむと嘆ずる中、下婢覚えず一怪訝の心を主家見吉屋の家事に寄せ
たり、此の頃の飢饉と申し侍べるに、妾が主家の見吉屋は、左迄に富裕とも
覚えざるに、日々/\飯の炊き量、中々のものにて、毎日三度づゝ倉の奥な
る稲荷の神に御供へとは、今心当りて不思議に覚え侍べる、稲荷さんはそれ
とも御飯を召しあがるものにやと、何の心なく一種疑怪の念をば坐に語り出
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でたり、此の稲荷大明神、即ち是れ平八父子なりとは、天下何者か之を窺ひ
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知るものぞ、而かも下婢の父は此の言を聞いて甚だ奇怪に感ぜり、平八父子
は偵察厳しき今日、かゝる奇怪のこと訴へずでやあるべきと、直ちに平野郷
なる陣屋に上告したり、陣屋は之を奉行に告げ、奉行は之を捕吏に命じ、捕
吏は今や捕卒を率ゐて、卒然として来つて見吉屋五郎兵衛を拿捕したり、糾
明して情を獲たり、乃はち其の妻を召喚し、導いて平八父子潜匿の処を教へ
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しむ、板戸の外には捕吏の影すなり、然らば今は是れまでなりと、平八父子
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は預じめ備へ置きたる硝薬に火を放つて、坐に腹を屠れり、創いて未だ殊せ
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ず、而して捕卒は房中に闖入せり、而かも硝煙は室に満ちて咫尺を弁せざれ
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ば、直ちに消防に従事したり、報火鐘は一点二点失火を報したり、而して奉
行は馬に鞭つて靱油掛町に抵れり、平八父子は半焼のまゝ業已に気息も絶え
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て床上に平臥せり、嗚呼救民天誅一挙か首謀者たる怪男子平八父子は、今や
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竟に鬼 に列せり、割腹して半焼半爛、惨の又た惨、是れなむ■平八か末路
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にぞありける、平八、時に年四十四、格之助、時に年二十五、
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幸田成友
『大塩平八郎』
その159
鬼
(きろく)
鬼籍
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文字不明
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