平八父子
の物色
平八父子
靱街の染
戸に潜む
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平八父子の物色○平八父子靱街の染戸に潜む○平八父子自焚死す○死後
の刑○叛逆の罪名○大不敬罪の主張○千古の鉄案
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獅子は今や見へずなりぬ、雷霆は収まれり、霹靂は蔵まれり、噴火は熄し畢
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りぬ、而して獅子に王たるものは何づこ、雷霆の主動者、霹靂の主宰者は何
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づこ、噴火の原動力は何づこ、奉行は今や平八の跡踪を物色して索めり、索
めて未だ之を獲す、一片の人相書は諸方に飛ばされたり、
大塩平八郎
一 年齢四十五六歳 一 顔細長く色白き方
一 眉毛細く薄き方 一 眼細くつり候方
一 額開き月代青き方 一 耳鼻常体
一 丈常体、中肉 一 言舌爽かにて尖どき方
其節の着用鍬形甲着用 、黒き陣羽織、其余着用不分
大塩格之助
一 年齢廿七歳斗 一 顔短く色黒き方
一 丈低き方 一 鼻眼常体
一 眉毛厚き方 一 歯上向、二枚折れ有之
一 言舌静かなる方 其節着用不分
かくて平八父子は物色されたり、物色されて未だ其の所を知るものなし、平
八父子は潜匿して靱油掛町の染戸見吉屋五郎兵衛の家に在り、而かも天知り
地知り、平八父子知り、見吉屋五郎兵衛知るの外、天地亦た知るものなく、
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覓め得る人なし、平八父子は一蹉 尚ほ雄飛を思へども、一敗地に塗みれ、
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余燼亦た収拾すべきなく、厳明なる偵察眼の下には、たゞ見吉屋の奥なる三
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尺斗室の外、天地広しと雖ども、乾坤大なりと雖ども、亦た身を置き膝を容
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るゝの地なきなり、軒 溟渤を横きらむとする大双翼は、今や められて縛
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せられて、掌大樊 の裏に跼躋せしめらる英雄末路、斯の如きのみ、染戸の
後房、染戸の床頭、是れ我が天地、是れ我が乾坤、此の天地の外、此の乾坤
の外は、皆な敵国なり、敵彊なり、而かも此の敵国の人、敵地の人は挙げて
此の乾坤に於ける、此の天地に於ける消息を知らざるなり、偵卒は京摂は言
ふも更なり、畿甸を挙けて、否な六十六州を挙げて、綿密に施行さるゝなり、
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而かも此の板戸一重を以つて隔つたる小天地、小乾坤には、其の鋭利なる緻
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密なる偵察眼は透らざるなり、徹せざるなり、或は僧となると伝へ或は仙と
なると聞こゆ、而かも摩耶山にも、高野山にも、平八父子の影は見えず、其
の影の見えざるは理の当然、平八は一小房裡に板戸を さして眠るなり、平
八父子の所在明ならざる業已に三旬、人心猶洶々、
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幸田成友
『大塩平八郎』
その149
索(もと)めり
物色
容姿によって人
を捜したりする
こと
「御触」(乱発生後)
その2
覓(もと)め
乾坤
天地
(おさ)め
樊 (はんど)
跼躋
(きょうせい)
畿甸
(きでん)
王城付近の地
(と)さし
洶々
(きょうきょう)
どよめき騒ぐ
さま
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