於是又賦詩。詩曰。
四明不独尽湖東、
西眺洛城眼界空、
人家十万塵喧絶、只
聴一禽歌冷風。
(最高雖夏気如秋
末)胸中益灑灑然、
覚無一点渣滓。因
謂。吾輩纔即其境、
呼起良知。存誠敬、
猶且忘了至険。而登
嶽雖再顧万死処。不
心寒股栗、而湛湛悠悠、
却心得聖人同焉之興。
而況如伊川先生、通
昼夜、徹語黙、存
誠敬則其謂雖堯舜
之事、只是如太虚中、
一点浮雲過日。実見而
非虚論、断可知矣。
因適記先生州之水
厄、遂又及余湖上之
事。此非比焉而誇言
也。只欲俾人知致
良知、即是為誠敬、
存誠敬、則良知照照
然如日月、初無二致
也。故詳述以告同志焉。
所従之門人、白履、松
誠之。
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かくて斯う詩を賦した。
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四明独り湖東を尽さず。
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西は洛城を眺む眼界の空。
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人家十万塵喧絶えたり。
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只聴一禽冷風に歌ふを。
(比叡山の最高四明嶽は、夏でも空気が冷で秋末のや
うである)
わし おも
胸中益々麗然として一点の渣滓なきを覚ゆる。で予は謂ッ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・
た。『我輩纔に其の境に即いて良知を呼び起し、誠敬を存す
・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・
るを得てすらも、猶ほ且つ至険を忘じ了ッて、嶽に登ッて再
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び万死の処を顧みても心寒股慄するなくして湛湛悠悠、却ッ
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て心聖人と同じ焉の興を得て居る。況して伊川先生の如く、
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昼夜を通じ、語黙に徹し、誠敬を存するに於ては、真に安住
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の地に達せられた筈である。「堯舜の事と雖も、たゞ是れ太
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ よぎ ○ ○ ○ ○ ・・・・・・・ ・・・・
虚中一点浮雲の日を過るが如し」と謂はれたのも、皆是れ実
・・・・・ ・・・・・ ・・・・・・・・・・・・
地であッて、虚論で無い。断じて虚論では無いと思ふ。
ちな ○ ○ ○
適々先生が州の水厄を記するに因みて、遂に又、予が湖
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上の事に及んだ。が是れ決して比して誇言するのでは無い。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ やが ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
たゞ人をして良知を致さば、即て是れ誠敬となり、誠敬を存
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すれば、良知照照然として日月の如く、初めて其の二致なき
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を知らしめやうと思ッたが故に、こゝに詳述して以て同志に
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告ぐる次第である。従ひたる門人は、白履と松誠之との二人
であッたことを附記しておく。
原本には下巻百三十五條あり。其の中、重複せるもの、
学説のみに関するもの等を省きて、こゝには其の中処
世修養に責すべきもの四十條を選んで訳出せり。
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『洗心洞箚記』
(本文)その252
白履
白井履
松誠之
松浦誠之
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