Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.6.16

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『通俗洗心洞箚記』
その128

大塩中斎著 下中芳岳(1878-1961)訳

内外出版協会 1913

◇禁転載◇

下巻 (42)四〇 艱難に遇ひ生死の境に出入して始めて真切に道を知り得たり
           ● ● ● ● ●   ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
         ―此の後半、即ち有名なる琵琶湖遭難の記なり―(5)

管理人註

是又賦詩。詩曰。 四明不独尽湖東、 西眺洛城眼界空、 人家十万塵喧絶、只 聴一禽歌冷風。 (最高雖夏気如秋 末)胸中益灑灑然、 覚一点渣滓。因 謂。吾輩纔即其境、 呼起良知。存誠敬、 猶且忘了至険。而登 嶽雖再顧万死処。不 心寒股栗、而湛湛悠悠、 却心得聖人同焉之興。 而況如伊川先生、通 昼夜、徹語黙、存 誠敬則其謂堯舜 之事、只是如太虚中、 一点浮雲過日。実見而 非虚論、断可知矣。 因適記先生州之水 厄、遂又及余湖上之 事。此非比焉而誇言 也。只欲人知 良知、即是為誠敬、 存誠敬、則良知照照 然如日月、初無二致 也。故詳述以告同志焉。 所従之門人、白履、松 誠之。

 かくて斯う詩を賦した。     ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○    四明独り湖東を尽さず。     ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○    西は洛城を眺む眼界の空。     ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●    人家十万塵喧絶えたり。     ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●    只聴一禽冷風に歌ふを。    (比叡山の最高四明嶽は、夏でも空気が冷で秋末のや     うである)                        わし おも  胸中益々麗然として一点の渣滓なきを覚ゆる。で予は謂ッ    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・ た。『我輩纔に其の境に即いて良知を呼び起し、誠敬を存す ・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・ るを得てすらも、猶ほ且つ至険を忘じ了ッて、嶽に登ッて再 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・ び万死の処を顧みても心寒股慄するなくして湛湛悠悠、却ッ ・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ て心聖人と同じ焉の興を得て居る。況して伊川先生の如く、 ・・・・・ ・・・・・ ・・・・・・・・・・ ・・・・ 昼夜を通じ、語黙に徹し、誠敬を存するに於ては、真に安住 ・・・・・・・・・・・・   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ の地に達せられた筈である。「堯舜の事と雖も、たゞ是れ太 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ よぎ ○ ○ ○ ○  ・・・・・・・ ・・・・ 虚中一点浮雲の日を過るが如し」と謂はれたのも、皆是れ実 ・・・・・ ・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ 地であッて、虚論で無い。断じて虚論では無いと思ふ。                 ちな        ○ ○ ○  適々先生が州の水厄を記するに因みて、遂に又、予が湖 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 上の事に及んだ。が是れ決して比して誇言するのでは無い。 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○  やが ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ たゞ人をして良知を致さば、即て是れ誠敬となり、誠敬を存 ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ すれば、良知照照然として日月の如く、初めて其の二致なき ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ を知らしめやうと思ッたが故に、こゝに詳述して以て同志に ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 告ぐる次第である。従ひたる門人は、白履と松誠之との二人 であッたことを附記しておく。

    原本には下巻百三十五條あり。其の中、重複せるもの、 学説のみに関するもの等を省きて、こゝには其の中処 世修養に責すべきもの四十條を選んで訳出せり。


『洗心洞箚記』
(本文)その252



















































白履
白井履

松誠之
松浦誠之
 


『通俗洗心洞箚記』目次/その127

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