門生家僮、既如 酔 悪
酒 、頭痛眼眩、其心
如 慮 覆溺 者 。雖 予
実以為 死矣。故不 得
不起 憂悔危懼之念 。
是時忽憶 於 藤樹書院
所 作無 人致 此知 之
句 、心口相語曰。此即
責 其不 致 良知 之人
也。而我則 起 憂悔危
懼之念 。若不 自責 之
則待 躬薄、而責 人却
厚矣。非 恕也。平生所
学将何在。直呼 起良知 、
則伊川先生存 誠敬 之言、
亦一時并起来。因堅 坐
其飄動中 、乃如 対 伊
川陽明二先生 。主一無
適、忘 我之為 我。何況
狂瀾逆浪、不 敢挂 于心 。
故憂悔危懼之念、如 湯之
赴 雪、立消滅無 痕。自
此凝然不 動。而颶風亦自
止。柔風依然送 舟、終
著 坂本西岸 。此豈非 天
乎。時夜既二更矣。門生
家僮皆為 回生之思 、以
互賀 無 恙、遂宿 坂本 。
明早天晴、登 天台山 、
尽 四明之最高 、而俯
視 東北 、則乃湖也。疇
昔所 経歴 之至険、皆入
眼中 。風浪静而遠邇朗。
実一大円鏡也。漁舟点点
如 黶子 、帆檣 数千、
東去西来、易 乎平地 、
似 無 可 危懼 者 焉。
於 是門生謂 余曰。「昨
憂悔危懼 抑夢乎。亦天
譴 吾師 乎」。余曰。否、
非 夢而真境也。非 天譴
而金 玉我 也。何者非
逢 其変 、則焉窺 得真
良知真誠敬 哉。又焉得
真対 伊川陽明両先生
哉。故曰。真境而非 夢
也。金 玉我 而非 天譴
也。然則福而非 禍也。
賢輩亦毋 徒追 思憂悔
危懼之事 而可也。無
益 于身心 也。且賢輩
盍 復視 夫城邑 乎。其
亦在 杖底 、如 蜂窩蟻
垤 者、富貴貧賤所 同
棲 也。故我則却得 小
魯之興 。心広而身裕。
眼豁而脚軽。賢輩亦宜
共同 是興味 焉。
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門生家僮等、既に悪酒に酔へるが如く、頭痛み、眼眩み、
而も其の心中、覆りはせぬか、溺れはせぬかと心配して居る
わし・・・ ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・
らしい。予も実際、もう死んだ気がして居た、憂悔危懼の念
・・・・・・・・・
の起らざるを得ない。と是の時、忽ち藤樹書院に於て作ッた
・・・・・・・・・ こゝろのうち ひとりご
「人此の知を致すなし」の句を思ひ、心口で独語ッた。
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「此れ其の良知を致さぬ人を責むるのである。而も憂悔危
○ ○ ○ ○ ○ ○ かくのごと ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
懼の念を起す、若きは自ら之を責めずば躬に待つ薄く、人を
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責むる却ッて厚きもの、恕の徳では無い。平生学ぶ所それ何
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んかある。」と、直ちに良知を呼び起せば、伊川先生の「誠
敬を存す」の言、また一時に併せ心に浮んで来た。其の飄動
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中に堅坐すること、伊川陽明先生に対するの心地。主一無適、
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我の我たるを忘る、何ぞ況んや其の狂瀾逆浪をや。敢て心に
ま ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● たちどころ ●
枉げぬが故に憂悔危懼の如き、湯の雪に赴くが如く、立に消
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滅して痕なきに至ッた。これより予は凝然として動かなんだ。
其の中に、颶風亦自ら止みて、柔風依然として船を送り、終
に坂本の西岸に著いた。此れ全く天では無いか。時に、夜既
に二更、門生家僮等、皆回生の思をなし、以て互に恙なきを
よろこ
賀び、遂に坂本に宿した。
明けて早天晴れて居た。天台山に登り、四明の最高を尽し
けのふ
て俯して東北を見れば、乃ち湖である。疇昔経歴する所の至
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険、皆眼中に入る。風浪静に、遠邇朗、実に一大円鏡である。
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漁舟点々黶子の如く、帆檣数千、東去西来、平地よりも易げ
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に危懼すべきものなきがやうである。門生是を見て予に言ふ。
せ
『昨日の憂悔危懼抑も夢か、亦天の我が師を譴むるか』と。
いや ◎ ◎とがめ ◎ ◎ ◎
予は答へた。『否、夢では無い。真境である。天の譴ではな
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く天の我を金玉にし給ふものである。何となれば、此の変に
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ どうし◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
逢はなんだならば、焉て真良知、真誠敬を窺ひ得ようぞ。焉
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て真に伊川陽明両先生に対することを得ようぞ。故に、真境
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である夢では無いと言ふのである。我を金玉にし給ふもので
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ さいはひ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
あッて、天の譴では無い。然らばこれ福であッて禍では無い。
あなたら ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎よろし ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
賢輩も亦徒に憂悔危懼の事を追思せぬが可い。身心に益する
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所が無いからである。且つ又、賢輩、あの城邑を視ないか。
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かの杖屡の底にあッて、蜂窩蟻蛭の如きものは、富貴貧賤の
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同じく棲む所である。予は却ッて小魯の興を得た。心広く、
◎ ◎ ◎ ◎ ひら ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
身裕に、眼豁けて脚軽きを覚ゆる。賢輩も亦、此の興味を
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ど う ◎
同じうしては如何か。』と。
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『洗心洞箚記』
(本文)その252
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