Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.6.15

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『通俗洗心洞箚記』
その127

大塩中斎著 下中芳岳(1878-1961)訳

内外出版協会 1913

◇禁転載◇

下巻 (41)四〇 艱難に遇ひ生死の境に出入して始めて真切に道を知り得たり
           ● ● ● ● ●   ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
         ―此の後半、即ち有名なる琵琶湖遭難の記なり―(4)

管理人註

門生家僮、既如悪 酒、頭痛眼眩、其心 如覆溺。雖予 実以為死矣。故不 不起憂悔危懼之念。 是時忽憶藤樹書院作無人致此知之 句、心口相語曰。此即 責其不良知之人 也。而我則憂悔危 懼之念。若不自責之 則待躬薄、而責人却 厚矣。非恕也。平生所 学将何在。直呼起良知、 則伊川先生存誠敬之言、 亦一時并起来。因堅坐 其飄動中、乃如伊 川陽明二先生。主一無 適、忘我之為我。何況 狂瀾逆浪、不敢挂于心。 故憂悔危懼之念、如湯之 赴雪、立消滅無痕。自 此凝然不動。而颶風亦自 止。柔風依然送舟、終 著坂本西岸。此豈非天 乎。時夜既二更矣。門生 家僮皆為回生之思、以 互賀恙、遂宿坂本。 明早天晴、登天台山、 尽四明之最高、而俯 視東北、則乃湖也。疇 昔所経歴之至険、皆入 眼中。風浪静而遠邇朗。 実一大円鏡也。漁舟点点 如黶子、帆檣数千、 東去西来、易乎平地、 似危懼焉。 於是門生謂余曰。「昨 憂悔危懼抑夢乎。亦天 譴吾師乎」。余曰。否、 非夢而真境也。非天譴 而金玉我也。何者非其変、則焉窺得真 良知真誠敬哉。又焉得 真対伊川陽明両先生 哉。故曰。真境而非夢 也。金玉我而非天譴 也。然則福而非禍也。 賢輩亦毋徒追思憂悔 危懼之事而可也。無于身心也。且賢輩 盍復視夫城邑乎。其 亦在杖底、如蜂窩蟻 垤者、富貴貧賤所同 棲也。故我則却得小 魯之興。心広而身裕。 眼豁而脚軽。賢輩亦宜 共同是興味焉。

 門生家僮等、既に悪酒に酔へるが如く、頭痛み、眼眩み、 而も其の心中、覆りはせぬか、溺れはせぬかと心配して居る     わし・・・ ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・ らしい。予も実際、もう死んだ気がして居た、憂悔危懼の念 ・・・・・・・・・  の起らざるを得ない。と是の時、忽ち藤樹書院に於て作ッた  ・・・・・・・・・       こゝろのうち ひとりご 「人此の知を致すなし」の句を思ひ、心口で独語ッた。    ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○  「此れ其の良知を致さぬ人を責むるのである。而も憂悔危 ○ ○ ○ ○ ○ ○ かくのごと ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ 懼の念を起す、若きは自ら之を責めずば躬に待つ薄く、人を ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 責むる却ッて厚きもの、恕の徳では無い。平生学ぶ所それ何 ○ ○ ○ ○ んかある。」と、直ちに良知を呼び起せば、伊川先生の「誠 敬を存す」の言、また一時に併せ心に浮んで来た。其の飄動                         ● ● ● ● 中に堅坐すること、伊川陽明先生に対するの心地。主一無適、 ● ● ● ● ● ● ● ●   ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●   ● ● ● ● 我の我たるを忘る、何ぞ況んや其の狂瀾逆浪をや。敢て心に ま ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●   ● ● ● ● ● ● ● ● ● たちどころ ● 枉げぬが故に憂悔危懼の如き、湯の雪に赴くが如く、立に消 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 滅して痕なきに至ッた。これより予は凝然として動かなんだ。 其の中に、颶風亦自ら止みて、柔風依然として船を送り、終 に坂本の西岸に著いた。此れ全く天では無いか。時に、夜既 に二更、門生家僮等、皆回生の思をなし、以て互に恙なきを よろこ 賀び、遂に坂本に宿した。  明けて早天晴れて居た。天台山に登り、四明の最高を尽し                   けのふ て俯して東北を見れば、乃ち湖である。疇昔経歴する所の至          ・・・・ ・・・ ・・・・・・・・・ 険、皆眼中に入る。風浪静に、遠邇朗、実に一大円鏡である。 ・・・・・・・・・ ・・・・ ・・・・ ・・・・・・・ 漁舟点々黶子の如く、帆檣数千、東去西来、平地よりも易げ ・・・・・・・・・・・・・・・・ に危懼すべきものなきがやうである。門生是を見て予に言ふ。                      『昨日の憂悔危懼抑も夢か、亦天の我が師を譴むるか』と。        いや              ◎ ◎とがめ ◎ ◎ ◎ 予は答へた。『否、夢では無い。真境である。天の譴ではな ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎   ◎ ◎ ◎ ◎ ◎   ◎ ◎ ◎ ◎ く天の我を金玉にし給ふものである。何となれば、此の変に ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎  どうし◎ ◎ ◎ ◎   ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎   ◎ 逢はなんだならば、焉て真良知、真誠敬を窺ひ得ようぞ。焉 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎   ◎ ◎   ◎ ◎ て真に伊川陽明両先生に対することを得ようぞ。故に、真境 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎   ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ である夢では無いと言ふのである。我を金玉にし給ふもので ◎ ◎ ◎   ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎  ◎ ◎ ◎ ◎ さいはひ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ あッて、天の譴では無い。然らばこれ福であッて禍では無い。 あなたら ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎よろし ◎  ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 賢輩も亦徒に憂悔危懼の事を追思せぬが可い。身心に益する ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎   ◎ ◎ ◎   ◎ ◎   ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 所が無いからである。且つ又、賢輩、あの城邑を視ないか。 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎   ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎   ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ かの杖屡の底にあッて、蜂窩蟻蛭の如きものは、富貴貧賤の ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎   ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎   ◎ ◎ ◎ 同じく棲む所である。予は却ッて小魯の興を得た。心広く、 ◎ ◎ ◎   ◎ ひら ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎   ◎ ◎ ◎ ◎   ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 身裕に、眼豁けて脚軽きを覚ゆる。賢輩も亦、此の興味を ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ど う ◎ 同じうしては如何か。』と。


『洗心洞箚記』
(本文)その252


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